恋、はじめました
#1 Boy meets Girl
ゆっくり電車の速度が落ちる。
ガタガタと車体を揺すりながらホームに滑り込む。
微かな金属音を響かせながら電車が止まる。
降車側ドアの反対側に立って、乗客が乗り込んでくるのを眺める。
___今朝も会えた。
最近、この電車に乗り合わせるようになった彼女。
就活生みたいな黒のスーツに白いシャツ、実用一点張りの黒いバッグ。雪崩れのように乗り込んでくる乗客に押されながらまだ余裕のある車両に乗り込んでくる。通勤電車に乗っているとはいえ、まだ、半分夢見心地の俺が気付くんだからかなりのインパクト。目が覚めるようなとはまさにこのことだ。
キリリと結い上げた金髪。零れ落ちそうな大きな目は見たこともないような青。それに車内に差し込む朝日が反射して眩しい。何より目を引いたのはその綺麗な顔に縦横に走る傷だった。
新しいものではないのはその痕から想像できる。だが、月日が経過しているだろうに、まだくっきりと存在しているのが、酷い傷だったことも想像できる。定規でもあててひいたかのような真っ直ぐの傷が白い肌の上を走る。周囲の目は否が応でもその傷に集まる。美人なのに勿体ない、という憐憫、女の子なのに何があったんだという好奇の目。けれど彼女は見たければ見ればいいとでも言わんばかりに堂々としていた。
俺は不躾な興味を隠そうともしない乗客と一緒にされたくなくて窓の外を見た。されたくねえもなにもねえや、と自分の方向違いの自意識を笑いながら。
その日からかったるくて仕方なかった朝の通勤が楽しくなった。
枕元の携帯を探り当てる。チョコパフェの待ち受け画面を背景に05:58と表示している。なんでまたこんな時間に目が覚めたんだか。 寝汚いのが自慢の俺が。
「ふわあああああ」
一つあくびをして、寝返りを打つ。カーテンを通り抜けて射し込む陽の光がいつもと違うような気がする。
「?」
不思議な感覚に襲われて、見飽きた室内を見渡したが、どこといって変わリ映えのしない、安アパートの内装がそこにあるだけだ。
銀色のサッシ。
そこにかけられた陽に焼けた古ぼけたカーテン。
射し込むのは昨日と変わらない陽の光。
それが反射するのもやっすい合板の天井板。
ぼ~っと天井を見上げていれば、知らずに二度寝目に突入してるはずの俺が、ちっとも瞼が閉じない。
「???」
不思議な感覚が強くなる。目も冴え冴えとしてくる。
「面倒くせえ・・・」
一人暮らしじゃ、どんなにぶちぶち言ってもブーメラン。
「しょうがねえ・・・」
と、そのまま、布団の上に起き上がったった途端、今日も彼女に会えるかな、と、思った。
昨日、電車の中で見かけたあの子。
「あれ?」
今、何を考えた俺。
昨日、ちらっと見かけただけの女に「会えるかなあ?」とか思っちゃってるの?俺?
「えええええ?????」
信じらんねえ!
なんか、嫌な汗が出る。こめかみを厭な汗が伝う。
いや、可愛かったよ。可愛かったさ。可愛いっつーか、綺麗っつーか、そのどっちもで、実用一点張りのカッコはどうかと思うけど、それでもなんか醸し出す雰囲気がちょっとそこらの女とは違ってるなあとは思ったさ・・・って、一瞬でどこまで妄想膨らませてんの俺?
気持ち悪ぃぞ、俺!
「と、、、とにかく、顔洗おう…」
「・・・うえっ・・・」
ネクタイ締めすぎた。何やってんだ。
昨日はたまたまあの電車に乗っただけかもしれない女に今日も会えるかもとか、なんの期待?そして、大っ嫌いなネクタイをきっちり締めるとかありえねーし、ばかじゃね?そういや無意識だったけど歯も念入りに磨いたし、ヒゲもいつもより丁寧に剃ったような、剃ってないようなって、結局どっちだ、俺!まあ、もともと薄いから良いんだけども。って、俺の中に見知らぬ俺がいるよ!俺ってこんな奴だった?女に会うのに身だしなみ整えるような男だった?洗面所の鏡。映ってるのはキリッと目を開けて、ぺったりと撫でつけられた天パの男。
誰だよ、これ!
誰だよ、お前っ!!!
「あ~~~!」
安アパートの中で俺の変な叫び声がこだまする。
鏡の前で必死で撫で付けた髪を掻き乱して玄関から飛び出した。
to be continued...