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恋、はじめました

             #2 馬に蹴られて死んじまえ

俺の安アパートから駅までは歩いて15分弱。
かったりい・・・って思いながら歩くから15分もかかるけど、いつになくキビキビ歩いた今日は10分切ったぞ、こんちくしょー!

改札を抜けて、階段を上ってホームで待つ。
いつもの電車に乗り込んで定位置に立つ。
座席はあちこち空いてるけど、俺は座らない。パーソナルスペースが広いんだ、俺。
それに、妊婦さんとか高齢者が乗ってきたら席譲んなきゃいけねえ。そのやり取りが面倒くせえ。だったら最初から空けといたほうがいいじゃねえか。

ひとつ、ふたつ、駅を通り過ぎる。
彼女が乗ってくるのは3つ目。
やばっ。
なんか俺ドキドキしてね?脇汗かいちゃってね?
電車が減速するのとは逆に心臓のドキドキがピークになる。
「・・・なんだよ、コノヤロー・・・」
誰に言うでもない。
左胸の皮膚の下で一人泡食ってる俺の心臓にイラっとしながら、でも、飛び去る景色の中に彼女を探す。
電車がゆっくりと進む。

窓の外を飛び去るグレーの景色がだんだんはっきりしてくる。
ホームで待つ会社員や学生の顔を認識できる。
でも、あれじゃね?同じ乗車口で待ってるとは限らないよね。別の車両に乗るかもしんないよね。
今更気がついて一気にテンションが下がった。
あ~~~。帰ろかな、俺。まだ出勤してないけど早退しちゃおかな・・・。

電車が止まる。ドア近くにお立ちのお客様は・・・、降りる方を先に・・・、とか最近とみに多くなった車内アナウンスを聞くともなしに聞きながら、反対側の扉が開くのを待つ。
ガラス越し、電車待ち列の先頭はおっさん二人。
扉が開いて雪崩れ込んでくる人波の中に見つけた!金色の髪。

暗く淀んだ通勤カラーの中に一際鮮やかな金色。
見つけた途端ほっとする。
反面、動悸もあやしくなる。
はしゃぐ心臓を押さえながら彼女を目で追う。
今日もこの車両。明日は?なんて考えながら。
だけど、俺の勝手な期待をよそに、彼女は波に押されて背中を向けてしまった 。

人の頭が並ぶ隙間に彼女の後頭部が見える。
身長、あるんだな・・・。昨日は気づかなかった。
手前のハゲが動けばもう少しじっくり観察できるのに。って、俺、既にストーカー?こっそり辺りを見渡す。誰も俺なんか見ちゃいない。当たり前だ。胸を撫で下ろして、改めて彼女を見る。
うなじ・・・白い。
金色の後れ毛がフワッと細い首に絡まって色っぽい。
朝から美味しい画像をありがとう。
・・・後姿も満更じゃねえ。



今日も人混みに彼女を見つける。
ついでにハゲも視界に割り込む。毎朝、同じ電車の同じ車両に乗るのは電車通にはありがちだけど彼女を見つけるともれなくついてくるハゲのおっさんが鬱陶しい。
俺の視界に割り込んでくるんじゃねえ。
しかも、なぜか必ず彼女の前にいる。

「・・・ん?」

改めて車内を見渡した。
彼女が乗る駅で大体80%ぐらいの乗車率。そこまではぼちぼちすいてるけど、一気に混雑する。男6女4ぐらいの比率。
路線によっちゃあ「女性専用車両」もあるらしいが、この路線にはない。多分、痴漢が少ないんだろう。
それはともかく、最近、混雑具合が上昇したような。そして、よくよく見てみると彼女の周りは社会人、学生に限らず男が取り巻いている。
これはもしかしてもしかすると、こいつら全員、彼女目当てか?密着するほど混み合っていない車内で、彼女の周りだけやけに人口密度が高いじゃねえかああああああ!おいいいいいい!
たまに大きく揺れたり、カーブで傾いたりする、そのタイミングに乗じて、肩や背中にぶつかったふりをしてやがる!不可抗力みたいな顔して、ご満悦でタッチしてやがる!

「こ、こんなの、ピラニアの群れに、生まれたばかりの仔羊を放り込んだのと同じじゃねえか!」
とは言っても明らかな痴漢行為でもない限り騒ぎ立てるわけにもいくまい。
彼女も気づているのかいないのか、時折、眉間に皺を寄せてはいるものの「痴漢!」と騒ぐ素振りもない。なのに、彼女でも、知り合いですらない女の手を引っ張るわけにもいかねえ。下手すりゃ、こっちが痴漢扱いのリスクもある。
ハゲの顔が心なしにやけているように、鼻の穴がおっぴろがっているように見えるのは目の錯覚でもなんでもねえ。
憤懣やる方なく、とりあえずハゲを睨んでみたが、俺の眼光線など届くはずもない。
すまねぇな、と心の中で詫びて走りすぎる見慣れた景色に視線を移した。




to be continued...

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