恋降る、星降る
___夜空の星が少ないと気づいたのはいつの頃だったか
その代わり地上に大小の星が瞬いて、あまりに明るくて夜であることすら忘れてしまう。
この街に腰を据えかけた頃は、その明るさと光源の多さに目眩がするほどだった。
特にこの季節は、通常の灯りに追加のそれが点滅して、最初見た時は目の前でフラッシュがたかれたようで、瞼の裏でいつまでも点滅するそれに辟易して、ババアに一体何の騒ぎだと尋ねたこともある。ババアはちょっと驚いた顔をして、異教の祭りに乗っかった、ただの歳末商戦なんだと言った。
最近流行りのコラボとかいうやつ?
それにしても異教の祭りと歳末商戦のコラボたあセンスがねえと、嘯いたら、コラボの方がうんと後だよと呆れられたのを昨日のことのように覚えている。
それから___
溜まった家賃を年内に綺麗に払え、気持ちよく新年を迎えろ、などと喚くババアに尻を叩かれ、季節労働のハシゴを繰り返したおかげか、街路樹の葉が落ちるのと交替で爆発的に増える光の量には随分と慣れた。
___それでも
何度、この街でこの季節を迎えても、明るすぎる夜に慣れたとしても、降るような星を抱えるあの空を忘れるわけじゃねえ。
冷え込みが進むにつれ、街中に日一日と増えていく光。それがこの街を我が物顔で闊歩する天人のようで、忌々しく思うのも変わらねえ。
かぶき町もご多分に漏れず年末商戦に参加する。
金持ちが集まる商業地域の毎年変わる趣向を凝らした飾りつけと違って、電飾もモールや人形類の飾りも何年も前からの使いまわしだ。そんな煤ぼけた飾りつけでこの世知辛い年末商戦に何の勝算があるんだか、何の意味があるんだか知りゃしねえ。そもそも信仰心の欠片もねえんだから、飾りが煤ボケていようが破れていようが関係ねえんだろう。異教の行事に乗っかった、儲け主義のイベントに振り回されて散財して何が楽しいんだか・・・。
摺りガラスに映った赤や緑の点滅を横に睨みながら忌々しそうに吐き捨てたら宵越しの金も持たないお前が言うなとババアに頭を叩かれた。
___聖夜ねえ・・・。
何をどう解釈すると畏れ多くもありがたい聖人様の誕生日にこうなるのか、下品な看板や行燈に似合いもしない飾り付けが雁首を揃えるのを眺めながら、いずれにしろ俺には関係ねえと注がれたビールを飲み干した。
あの頃は___
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格子窓から冬の頼りない陽が差し込む。
ぼやけた輪郭の縞模様が長々と部屋の中に伸び、窓を背に深々と椅子に凭れる銀時の白髪頭や着流しの上に薄く影を落としていた。
年末に向け、どこもかしこも忙しくなるはずなのに、ぱったり依頼の途絶えた万事屋は外の喧騒とは打って変わって静寂そのもの。
退屈するのにも飽きた神楽は定春と公園に出かけ、何の予定もない男二人は寒々とした事務所兼居間でごろごろするばかりだった。
Rrrrrrrr
社長机の上の黒電話がけたたましく鳴ると、机の上に投げ出された裸足の指がピクリと反応した。
銀時はジャンプのページをめくる手を一瞬止めて、ソファで所在なさげにTVを見ている新八に、「出ろ」と目配せをした。新八は眼鏡の奥で面倒臭そうに目を細めたが、しぶしぶ立ち上げるとTVのボリュームを下げてから、社長机の上の電話に手を伸ばす。
Rrrrr・・・っちんっ
しこたま怒られて悄気返ったガキの最後の抵抗のような情けない音が鳴る。
銀時はゆっくりと椅子を回し、「糖分」の額縁を掲げた窓へと向き直った。そして、電話の相手が誰だか勘ぐっているような素振りをなるべく出さないように新八の声に耳を欹てる。
「はい、万事屋銀ちゃん・・・。あ、こんにちは。」
一言交わしただけで新八が眼を眇めると、じっとりとした視線を銀時に飛ばす。その先は銀時のただでは真っ直ぐにならない天パが勝手気儘に跳び跳ねている。
「・・・僕たちこそ、ご無沙汰してしまって。ええ、相変わらずですよ。はい。ええ、困ったもんですよね。ありがとうございます。お言葉に甘えて。・・・いますよ。代わりますね・・・」
つ・く・よ・さ・ん
一通りの挨拶を済ますと、新八は送話口を手で覆い、発声練習でもするように一音一音を区切って電話主の名を告げた。
___送話口、覆ってんだから、普通に月詠からだと言えばいいんじゃない?
銀時は、睨み返す眼で新八に抗議しながら勿体つけて沈んだ社長椅子からゆっくり体を起こした。
「・・ああ、俺」
何、勿体つけてるんですか、白々しい、と鼻を膨らませて吐き捨てる新八からひったくるように受話器を奪うと、月詠からの電話だと期待していたことなど億尾にも出さないように面倒臭そうに話始める。
「うん、わかった。・・・ああ、じゃあな」
ちんっ
ほんの一言二言話しただけで、何事もなかったように受話器を置き、再び、ジャンプを開きながら椅子に深々と身を沈める。その銀時の横顔に向かって新八は眼光線を飛ばした。ねっとりとした粘着質な視線に銀時が心の中でちっと舌打ちをする。
「月詠さんから電話だってわかってたんじゃないですか?」
はあっとこれ見よがしに息を吐いて、社長机に背を向ける。
「・・・あ?んなわけあるか」
「どうだか・・・」
「それよか、お前こそ月詠と何話したんだ?相変わらずとか、困ったもんとか、銀さん聞き捨てならねえんだけど?」
「相変わらずニートな生活で、仕事がなくてもへっちゃらで困ったもんですっていう話ですよ。」
本当のことでしょう?と、ずいっと迫る新八のメガネがぎらりと光る。
「ああ・・・?」
机を乗り越えんばかりに迫る新八に反論しようと人差し指を立てたものの、銀時は言葉に詰まった。
悔しいが新八の言う通りだ。
ここのところ、これといった依頼がなく、このままでは家賃と未払い給料が溜まる一方だと流石の銀時も人知れず焦ってはいた。
世間はそろそろ師走に向かって動き出しているというのに、不景気の風は殊更万事屋に向かって強く吹いているようで、今日の午後からの仕事も久々に入ったものだが短時間で実入りはあまり期待できない。
年末年始に向けて子供たちは無用に期待を膨らませるというのにこっちの懐は萎む一方。何をどう期待されたって、無い袖は振れないんだから仕方ない。
銀時は、新八の責める気満々の視線を横目でいなし、くどくどとしつこい愚痴が始まる前にこの場からいなくなるのが利口、とジャンプを机の上に放り出した。パチンコ行ってくらァ、と告げると、社長椅子から立ち上がる。
「午後は仕事入ってるんですからね!お昼にはちゃんと戻ってきてくださいよ!」
「わ~ってるって」
銀時はひらひらと手を振り、ぴしゃりとガラス戸を閉めて新八の古女房みたいな台詞を遮った。
かぶき町のゲートから脱兎のごとく飛び出して、制限速度ギリギリでスクーターを走らせる。
スタンドを立てるのもまどろっこしく公園脇にスクーターを駐め、電話ボックスに駆け込んで、ズボンのポケットから小銭を取り出すと、確認もせずに電話の投入口に放り込む。
「はい。ひのやです」
呼び出し音が数回鳴った後、受話器から聞こえたのは月詠の声だ。
「俺」
「銀時か」
万事屋を飛び出してから電話ボックスに駆け込むまで、ほとんど無呼吸状態で走った銀時は呼吸が少し荒くなっていた。それを気取った月詠が何かあったのかと訝る。
「何でもねえよ」
そう答えてから、緑色の電話機に額をくっつけ、呼吸を整える。
落とした視線の先、ブーツのつま先に万事屋の玄関先に積もった砂ぼこりが白く付着しているのを見つめつつ、銀時は新八の前では伝えられなかったことを月詠に告げた。
「うん。じゃあ」
返却口にジャラジャラと吐き出された小銭を無造作に掴みポケットに突っ込む。電話する前とは逆にボックスの折り戸をゆっくり開けて外に出た銀時はガラスに凭れてふーーーっと長い長い息を吐いた。