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                                      いつかの彼方

膝の上の銀時の重みが心地いい。
視界を遮るふわふわとした銀髪。綿菓子のようなそれを触ってみたいと、そんな思いが浮かんだのはいつ頃か。そんなことを言えば、犬や猫じゃねえ、と怒るに決まっている。けれど、今なら多少馴れ馴れしくても怒らないような気がして、月詠はそのふわふわの白い雲の中にそっと指を滑らせた。
銀時の肩が小さく揺れる。不躾だったかと、手を止め、彼の様子を伺ってみたが、咎められる様子もないので、二度、三度と、指で掬う。
窓側から差込む灯りが照らす銀時の横顔。身体にも数えきれない程の傷を持つが顔も同様だ。月詠のそれとは違い目立つものはないものの、小さくて薄い傷がそこかしこにある。朧ろな灯りの中でも浮かび上がるその一つに月詠が指を這わせる。いつ負ったか分からない古傷の後を癒すように辿ると、銀時の肩から力が抜ける。よくよく見れば端正なその横顔の眉間の皺がすっと消えて、瞼が閉じられた。

「銀時」
「・・・」
名を呼ぶと、薄く開いた瞼の中で赤い瞳がちらりと動く。
「手を出しなんし」
返事もなく、組んでいた腕を解いて広げられた掌に、銀杜松の古裂が置かれる。
「何これ」
「何って・・・。この流れで出てきたらこれが何かなぞ、言わなくても分かるじゃろうに」
「・・・生憎、銀さんは太夫ほど察しがよくないんでね。ちゃんと教えてくんなきゃ、分かんねェ」
月詠は銀時に悟られないよう、天井に向かって息を吐いた。

銀時の掌から黙って古裂を取り上げる。白いもじゃもじゃの上でそれを解いて、再び銀時の掌の上に戻す。そこには銀色のくるんとした髪が一本、薄紙の上に乗っていた。
「神楽と新八のものだけではない。ぬしのものも持っておった・・・」
「へえ、どこに・・・」
「持っておったと言ったじゃろう」
「だから、どこに」
「そ・・・それは、つまり、その・・・」
言い淀む月詠を射る赤い視線。
「どうしてもわっちに言わせるのか?」
「わっちが言わなきゃ、分かんねぇもん」
ふんっと鼻から息を出して、古裂を手にしたまま、また腕を組む。
「酷い男じゃの・・・」
月詠の口から恨み言が溢れる。



否定しない。
否定できない。
情けなくても、なんだろうと。

ひでぇ男だよ、俺は。
デリカシーなんざ、これっぽっちもねぇ。
我儘で臆病で強情で愚かで、金もねェのに欲張りで。

惚れた女に、惚れたとも告げず、女からは聞きてぇ勝手なやつ。
顔を傷付けてまで女を捨てた女を女扱いする酷なやつ。
反面、その言葉にちゃっかり便乗する狡いやつ。
本心を避けて、誤魔化して、遠回りして、逃げて回る小せぇやつ。
こんなひでぇやつ、他にいねェ。

___それでもお前って女は

捨てたと言った女を拾い、酷い男の身勝手を許す。
承知できぬと言いつつ、全て飲み込んで、包み込む。



困り果てた月詠に膝の上から突き刺さるような視線を投げる。
「・・・ぁ、袷の中に持っておりんした・・・」
膝の上の銀時の耳にすら届くか届かないかの声で月詠が告げる。
「は?」
聞き返せば、そっぽを向く真っ赤な顔。向き合うのは青筋の浮いた顔。月詠の豊満な胸を指差して、銀時の口は金魚のように閉じたり開いたりを繰り返す。
「それって、あれですか?これが、太夫の胸の谷間に潜んでいたという事ですか?」
「・・・何度も言わせるな・・・」
「っおいいいいいいいい。待って。待って待って、ちょっと待て!いやいやいやいや、な~~~~~いっ!ありえな~~~っいっ!それはないでしょ、そんなんないでしょ。何、こいつ、ただの髪の毛の分際で、俺の万分の一の分際で、そのおっぱいに挟まれてたってことですか?ツッキーに毎日パフパフされてたってことですか?」
「・・・パ、パフパフなぞしとらん!袷の間に入れておっただけじゃ!」
「許せねえ!俺がめっちゃ戦ってる時、死に物狂いで頑張ってる時、こいつだけそんないい思いしてたなんて、ぜ~~~~~ってえ許さねえ!」
「・・・ぎ、銀時、落ち着きなんし」
「これが落ち着いていられるかぁぁぁぁぁ!銀さんもそこ行くわ!!!!!ツッキーの谷間で暮らすわ!」
「銀時!ちょっ・・・!まっ・・・!」
谷間に飛び込む気満々の銀時は両手を合わせてダイブの準備。
「銀さん、行っきま~~~・・・っ!」
畳を蹴ろうとした瞬間、
だすっ!
鋭い痛みが銀時の額を捉え、生暖かいものが鼻筋をたらりと濡らした。
「・・・ま、まだ、持ってたの・・・?」
「・・・最後の一本じゃった」


 

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