恋、はじめました
#4 天は二物を与えずなんて嘘ばっかり
帰りの電車で会えないかと思ったが流石にそこまで偶然は重ならない。そのまま、週末に突入したものだから俺は悶々と土日を過ごした。
去り際の彼女の笑みに悩まされ続けた。
彼女が乗る駅まで出掛けようかとか、吉原をぶらついてみようかとか、そんな考えが浮かぶ自分に驚いた。
悶々として、落ち着かねえ。といってどうすることもできねえ。
パチンコに行ってみたが、見事にすって、イライラが倍増した。こんな時にするもんじゃねえ・・・、よくわかったよ。
辰馬から借りっぱのエロDVD見てみたけど、彼女との違いに余計空しくなった。いや、AV女優と比べるのは失礼なのは重々承知の上だが、画面に映る女優が金髪だったんで・・・。
もっとも、見た途端「うわあ・・・っ」て、目を覆っちまったけど・・・。
イライラするばっかりで部屋中に当たり散らした。お陰で足首がちょっとおかしい。
月曜日、そのおかしい足首を引き摺って何時ものごとく出勤した。そして、また、会えた。ガラス越しに金色の髪、黒スーツを見つけてホッとした。
ホッとはしたものの、だから?とすぐに疑問がわいた。
目があってちょっと会釈されただけで何がどうというわけじゃねえ。今日も目があったら、会釈されたら。おはようございます、とでも言うか?それも変だろ。
ドアが開く。
ホームの雑音が流れ込む。
俺は咄嗟に尻ポケットのスマホに手をのばした。
視界の端、彼女のスラッとした脚をとらえる。黒いパンプスがこっちに向かって歩いてくる。一瞬立ち止まって、すぐ左側に消える。
俺の背中側、パーテションに軽い振動。座る時も上品なんだなと思う。どっか!とケツを下ろすおばはんとはやはり違う。
スマホを見てるふりでチラチラと彼女を盗み見る。
んで、おもむろにバッグから取り出す本のタイトルを見て仰天した。げ・・・ゲーム理論んんんんん?????ってモンハンの攻略法とかそんなじゃねえよな?どう見てもそれじゃねえよな?なに、この子、めちゃくちゃおつむ良いの?天才なの?
うわあああ!なんか一気にテンション下がった。お近づきになれる気がしねえ、仲良くなれる気がしねぇ。
さよなら、俺の淡い恋心・・・ん?こいごこ・・・ろ?おわあああああ!何言ってんの、何言ってくれちゃってるの!こ、ここここここいごころ!!!???
待って!待って待って待って、恋心ってなに?恋ってなに?俺知らねーから、恋なんて。恋なんて・・・うん、したことない。いや、女とは付き合ったことあるよ。なんせ、銀さんもてるから。女の方がほっとかないから。でも、どれも女が勝手に熱上げて、勝手に盛り上がって、勝手に醒めて去っていくってパター・・・ううう。
俺って結構爛れてんのね。そんな俺が美人で頭の良さそうな彼女に釣り合う分けねえよな。そうだよな。だったらすっぱり諦めて、夢を見るのもやめだ!美人だけど、もしかしたらそれを鼻にかけてて、嫌な性格かも知れねーし。さらには頭も良さそうだから、頭の悪いやつなんかバカにしたりしてるかも・・・。って、俺も一応高校教師だ!天才ではないが、バカでもねーぞ!
ゲーム理論ひとつでここまで焦る必要はねえかもしれねえが、あまりに想定外だった。
余程面白いのか彼女は結構なペースで読み進んでいる。
さらっさらの髪だな。
天井から下りてくる風にまとめあげた毛先が揺れている。細い金糸が揺れる、ナウシカのワンシーンだ、と眺めていたら、本を閉じて立っている客の見た。
知り合いでも見つけたのか?しきりと扉の方を気にしている。そして、おもむろに座席に本を置いて立ち上がった。
「すみません」
すみませんだよ!すいませんじゃないよ!国語教師の俺としてはそここだわるよ。
彼女が立ち上がったので、すわ!座席確保!と身を乗り出したおっさんがシートの上の本と彼女を交互に見て舌打ちをした。
彼女は妊婦に話しかけ、席まで連れてきて座らせた。
妊婦さんは額の汗を脱ぐって大きく息を吐き出し、彼女にお礼を言った。せり出した腹部で妊娠後期とわかる。それでこの人混みの中でもたちっぱなしは辛かろう。
いい娘だよ、この娘。
いい娘だよ!
天は二物を与えずってどこの誰の寝言だよ。
二物どころか、三も四も持ってんじゃねーか。まあ、俺が仲良くなりたいのは胸の二物だけど。てか、それじゃ、ハゲ爺どもと変わんねえっての!
にしてもだ、これで逃げ場はなくなった。美人でスタイルよくて、頭も良さそうで性格もいい。
普通、落ちるだろ?普通の男だったら落ちるだろ?
・・・が、ますます、相手にされねえか。
俺の悶々を知らずに、彼女は妊婦さんと話している。
予想だにしなかった最接近。
キレーな顔だ。
傷なんか気にならねえ。
さらさらの髪。羨ましい。
涼しい声だ。声には知性も表れる。やっぱり頭の回転早いんだろうな。
想像通りの胸。埋まりてえ。
何より笑顔が最高に可愛い。
敵前逃亡は男のすることじゃねえ!
まさに戦前の侍のように気合いを入れて、俺は吉原駅で降りる彼女の背中を見送った。
to be continued...