「・・・銀時?」
ふわっと頬を撫でる感触がして月詠は薄く瞼を開いた。銀時が撫でてくれたのかと、その名を呼ぶも、夜のうち、月詠の双眸を覆っていた銀時の胸板、黒いジャージが月詠の視界から消えていた。
慌てて起き上がり部屋を見渡す月詠の肩から白い着流しが落ちる。新八が同じものを何着も持っているとこっそり教えてくれた流水紋の着物。ところどころ破れて、解れがひどい。くたびれて汚れて、疲れて、傷ついて、それでも白いまま生きてきた銀時そのままの彼の着物。
見渡す部屋の中からも銀時の気配はすっかりなくなっていて、行ってしまったのじゃなと、独り合点に抱きしめる着流しの袖がコツンと月詠の腕に当たる。中を探ってみれば、見覚えのある煙管。
―――と、給与袋?
給与袋の中には金色の糸。
―――ホントに、わっちらはバカ者同士じゃな
溢れる涙をそのままに、着流しと煙管、金色の髪を抱きしめて月詠はその場に蹲った。
遠回りして遠回りして辿り着いた自分の気持ち、銀時の想いを確かめた途端、月詠の想い人は再び何かに一人で立ち向かうために旅立った。寂しさより、身を案じるのが勝って不安を拭えない。
___一緒に行きたい、一緒に戦いたい、僅かでも銀時の手助けがしたい
だが、銀時に帯同して、共に戦うことが月詠のやるべきことではないと、理解もしている。万事屋が解散したのも各々がやるべきことのため。
またしても、あの男は誰にも縋らず、泣きつかず、一人で行くことを決めたのだ。
ならば、
___己の為すべきことをするだけじゃ
濡れた頬を袂で拭って窓辺に立つ。
窓を開けてひのやの庭から、銀時が立ち去っただろう通りを見下ろした。
大門まで見送ると言えば、やめて泣きそうになるから、と言って見送らせてもくれなかっただろう。だから眠っている間に出て行ってしまった。腕に抱かれたまま寝落ちしてしまった自分も情けないが、起こしもしないで出ていく銀時も攣れない男だ。
四角い天井から射し込む朝日が吉原の通りや置屋、大楼の瓦が白く輝きはじめる。
吹き抜ける風が軒の提灯や植栽の木々を揺らす。
目に染みるほどの青い空を横切る黒い影。それは今では天人の船ではなく、大小の鳥。様々な鳴き声を崩れ、壊れた街中に響かせながら、数羽の鳥が吉原に向かって飛んでくる。そのうちの一羽がひのやの庭の木の枝に降り立つと、今、飛んできた方角に向かって囀り始めた。
___女房殿でも呼んでいるのかの・・・
やがて、もう一羽が降り立つと、お互いの羽を啄み、小躍りするように枝の上で羽ばたいた。仲睦まじい様子に笑みがこぼれる。
月詠は昨夜の銀時のように窓枠に腰を下ろし、空から吉原全体をぐるりと見渡した。
青い空。
陽の光。
風の匂いも鳥のさえずりも。
愛おしい景色全ては銀時たちが、銀時が吉原に齎したもの。
___わっちはそれを守っていくでありんす
いつかのその先まで
いつかの彼方 終