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夢うつつ うつつ

___此所は何処じゃ



目蓋が重い
糊で貼り付けたか?
それとも縫い合わせたのか?
ぴったり閉じてしまって1ミリも動かぬ

ここはわっちの部屋か?
なんで部屋で寝ているのじゃ?
何があったのじゃ?

・・・思い出せぬ

前後不覚になるような何かがったのか
わからぬ
わっちとしたことが情けない
部下たちはどうしているのじゃ?

わっちをここに運んだのは部下たちか?
行かねば、動かねば
部下たちが待っておるのではないか・・・?

ああ、目蓋が重い
指でこじ開けたいがそれも叶わぬ

目蓋だけではなく、手も足も動かぬ
一体、どうしたわけじゃ

『ええいっ!』

声も出ぬのか

___!?

誰じゃ?わっちに触るのは
誰がわっちの部屋におるのじゃ
日輪か?
・・・にしては大きい手じゃ
ごつごつしている
それに・・・あたたかい



月詠


・・・!?

月詠


???ぎ・・・ん・・・時か・・・?
なんでぬしがわっちの部屋に?

言うことを聞きなんし!わっちの身体!

銀時、なぜぬしがここにいる
わっちはなぜ寝かされている
何かあったのなら教えろ
わっちの声が届かぬか

銀時!!



月詠、大丈夫か?


大丈夫じゃ、わっちはなんともない!
なんで寝かされてるのかもわからぬぐらいに大丈夫じゃ!
だから、答えなんし!
何があってこんなことになっとるのじゃ!
なんで、ぬしがここにいる!

なんでそんな心配そうな、・・・!!

・・・そうか、これは夢か
まぶたが開かないのにぬしの顔色がわかるはずがない
これは夢なのじゃな

わっちは仕事を終えて帰ってきたのじゃ
そして、風呂も入らぬままに眠りこけてしまったのじゃな

それにしてもなんで夢にぬしが出てくる

・・・!?
・・・ああ・・・、そうか・・・
日輪や晴太が何かと言うとぬしの話をするからじゃ
意識し過ぎておるのじゃ

銀時

呼べばわっちを見てくれるのじゃな
声がないのに届くのか?

おかしな話じゃ
わっちの目は開かないのにぬしの顔が見える
わっちの口は動かないのに声が届く

まあ、良い、どうせ夢の中じゃ

銀時

___これが夢なのなら

聞きたくても聞けずにいたことも聞けるやも知れぬ

聞いても良いだろうか
聞いたら答えるのだろうか

この夢の中の銀時は



ぬしの眼はなぜ遠い
なぜ、いつも彼方を見つめている
なぜ、そんなに悲しそうで寂しそうなんじゃ

・・・

やはり沈黙で返すのか

ずるい男じゃの

・・・

それじゃ、その眼じゃ
何か大切なものをどこかに置いて来てしまったような
とても・・・、とても大切な何かを失くしてしまったような

そんな悲しい目をぬしはいつまでするつもりじゃ
いつまでそれに捕らわれるのじゃ

ぬしがそれを手放す日は来ぬのか
ぬしをそれから解き放つものは現れぬのか

・・・

目を塞ぐな
そんなことをせんでもわっちの目は開いておらぬ

目を塞いでも
ぬしの嘆きは聞こえる

・・・敵わねぇな

本当にそう思うか

・・・

ならば、なぜ、なにも言わぬ

・・・

そうか
言わぬか

・・・ぬしは知っておるか
日輪と晴太はわっちがぬしに惚れているという
ぬしはどう思う

・・・お前が俺に惚れるわけねーだろ

なぜ、そう思う

お前は俺みたいな半端者に惚れるような安い女じゃねぇよ

そうかの、存外高くかってくれているようでありがたいが、わっちは安い人間じゃ
女として売られて女としてなんの働きもしていない
その女さえ捨てたのに男でもない
ぬしたちの力を借りねば守ると誓ったものさえ守れぬ安い半端者じゃ

そんな中途半端なわっちがぬしが見ている何かに敵うはずがない
ぬしが大切に思う何かの代わりになれるはずがない
その穴を埋められるはずがない

ぬしをそこまで悲しませるのは
それほどにぬしの心の奥深くに住まわっておるからじゃろう
どんな御仁か見当もつかぬが
ぬしがそれほどまでに思う御仁ならばさぞ素晴らしい方なのだろう
ぬしの心をそこまで掴む方なのならば、さぞできた御仁なのだろう

それが男であっても女であっても
人として優れた方なのだろう

そんな御仁に敵うなどという自惚れは持ち合わせてはおらぬ

だから、わっちはぬしには惚れぬ

そんな御仁の代わりに居座ろうなど露にも思わぬ
そんな御仁の代わりにぬしの心が埋められるなど夢にも思わぬ

・・・

だが、せめてその悲しみが少しでも和らげばと思う
ぬしの心の穴が少しでも埋まればと思う

なのに、ぬしの遠い目はそれすらも拒んでおる
そうすることで繋がるまいとしているようにも見える

何に怯えている?
何を恐れている?
ぬしともあろう男が

また失くすことか
また一人になることか?

それならば心配はいらぬ
わっちはどこへも行きはしんせん
わっちの居場所はここ以外にはどこにもありはしんせん
だから、ずっとここにいる

ただ酒を飲みたくなったら
腹が空いたら
遊女たちと馬鹿騒ぎでもなんでもいい
休みたければ、一人になりたければ
忘れたければ
思い出に浸りたければ
いつでもここに来れば良い

わっちはどこへも行きはしんせん

ここでぬしを待っておる



わっちができるのはそんなことぐらいじゃ
そんなことすらできぬなら
わっちがここにいることさえ意味などない



___銀時




 

*

「・・・ぎ」

「月詠?」

今のはわっちの声か?

「・・ぎ、んと・・」

「月詠」

ああ、声が出た。
手は動くか?
目蓋は?

「銀時・・・か?」

伸ばした手を捕まれた。
さっき、額に触れていた暖かい手じゃ・・・。

「ああ」

やっと目蓋が開いた。
夢の中とあまり変わらぬ心配そうな顔。
だが、なぜいる。
夢の中だけだと思っていたのに。

「大丈夫か?」

声も変わらぬな。

「大丈夫じゃ・・・」

「そうか」
「ぬし・・・、どうして・・・」
「あんまり無茶すんじゃねえ。日輪さんも晴太も大変だったんだぞ」

わっちの問いを遮る説教じみた言葉は紛れもなく奴じゃ。
握った手を離さず、わっちの顔をじっと見つめる目も。
夢も現実も変わらぬのか。

「・・・おまえさ・・・」

さんざ言い淀んだ挙句やっと絞り出したような声でわっちを呼ぶ。
起き上がろうとして酷い痛みに貫かれる。

「ばか、まだ動くんじゃねえ」

そうは言われても自分に何が起こったのか、まだ、把握が追い付いていないから仕方がない。
息を呑み、痛みが引いていくのを待って銀時に答える。

「・・・なんじゃ・・・」

身体を支えてくれる銀時の腕の隙間から見上げると複雑そうな表情で、夢の中より蒼白い顔で見下ろしてくる。

「・・・」

「なんじゃ?」

沈黙を返すだけの奴をせっつくように問い返すと、

「・・・いや、なんでもねえ。とにかく、無茶すんなって。」

「銀時」

「寝てろ」

さらに問い詰めようと奴の名を呼ぶのを遮って、わっちの体を布団に戻す。

奴は、夢の中とおんなじにわっちの目を塞いだ___




 

*

日輪に呼ばれて階下に降りると、店先にあの男の姿があった。

幾日ぶりだろう。
変わらぬ背中はやはりどこか寂しげじゃ。
そんな風に思うのはまだ自分の体調が戻っていないのかも知れない、そう思いながらその背中に声をかけた。

「久しぶりじゃの」

聞きなれた常套句は帰ってこない。
その代わり、思い詰めたような表情で、

「ちょっと出ねえ?」

と言って天井を指差す。
外に出たいということか。
何か話があるならここでもよかろうに。
じゃが、深刻そうな表情にその言葉は飲み込んだ。

コクりと頷くと銀時は日輪を振り返った。

「少し、借りるよ」

「返さなくていいからね」

ウインクしながら返す日輪に銀時の笑みは弱々しかった。





前を歩く銀時の背中が小さく見える。
昇降機の中でも降りてからも、一言も話さずわっちの前を歩く。

わざわざ地上に出てまで何の用があるのじゃ・・・

そう問いただそうとした時、銀時の足が止まった。

「・・・?」

「俺さ・・・」

そんな小さな声では聞き取れぬ。
何の話があるのか分からぬがはっきり言いなんし、と言おうと一歩近づく。
その気配を察したのか、少し身じろぐ様子がこの男らしくない。

何の用じゃ・・・、言おうとした、その言葉は銀時の一言に掻き消された。

「お前に惚れてんだ」

___は?

今、何と言った、この男。
惚れてる?
ぬしが?わっちに?

なんでそんなことになる?
逢えば、憎まれ口しか叩かぬくせに。

・・・ああ、そうかこれもまた夢なのじゃな。
わっちは長い長い夢を見ているのじゃ。
そうだ、そうに違いない。
何せ、日輪と晴太に言わせれば惚れているのはわっちの方じゃそうじゃから・・・。
それがなんでぬしがわっちに惚れていることになってしまうんじゃ。

ごくりっ___

生唾と一緒に理解できない言葉を呑み下そうとしたが、喉の奥に引っかかったまま、少しも胃の腑に落ちていかない。

「・・・けど」

これは所謂「告白」と言うやつじゃろう。
・・・のわりに何だ、銀時が纏う辛気臭い空気は・・・。

「お前は俺には惚れちゃくれねえだろ。だから、しばらく距離をおいた」

は?
また、何を言い出しておるのじゃ。
惚れるか惚れぬかは、これからのことじゃろう。
この先の話などわっちにもわからぬわ。

「おめえにその気がないのに、俺がうろちょろするのは迷惑かと思ってさ」

迷惑?
そんなもの今さらじゃろう。
と言うか、さっきから話の展開がさっぱり掴めぬ。
これは新手の嫌がらせか、それとも、どっきりと言うやつか。
どこか物陰で神楽たちが様子を伺っているのではないか。

「何の話じゃ・・・」

あまりのことに頭の中がぐるぐる回って、ようやっと声になったのはそんな言葉だ。

「おまえ、魘されながら言ったんだよ。俺には惚れねえ・・・って・・・」

奴から返って来たのはあの夢の中での会話らしい。
うっすらとだが記憶はある。
夢の中と確信して、うつつでは聞けないことを聞き、言えないことを随分と吐露したと。

「だから、俺も今以上にお前に関わるのはやめようと思ったんだ。関われば離れ難くなるだろうからさ・・・。けど、無理だった」

「銀時・・・」

「惚れてくれとは言わねえ、望みもしねぇ、迷惑なら今これを限りにこんな感情はすっぱり捨てるし、吉原にも来ねえ、だから・・・」

・・・だから?
だからなんじゃ、一体この男は何を言っている?何をわっちに求めておるのじゃ!?
何をこいつは一人で舞い上がって一人で完結しようとしておるのじゃ
それはぬしだけの問題か。
わっちに惚れておいてわっちの気持ちは無視か。
わっちに惚れたのはぬしの勝手じゃ、挙げ句、わっちには一言も言わずに勝手に盛り上がっておいて、なんじゃというのだ
ええい!腹の立つ!

「・・・だから・・・?・・・だからなんじゃと言うのじゃ。わっちがぬしに惚れぬから、せめてもの思い出に一発ヤらせろとでも言うのか」

一気に吸った煙草の燃え滓を道路に捨てる。
普段はこんなことはしないのじゃが、銀時の勝手な言い草を聞いていたら、そんなこともどうでもよいと思えてしまった。
悪態もつくつもりはなかったが、あまりに勝手な言い分についそう口走ってしまった
銀時の肩がぴくりと震えるからまさか本気でそんなことを考えていたわけではあるまい、とさらに腹が立つ。

「ぬしはなんじゃ、戯れ言を聞かせるためにわっちをこんなところまで連れ出したのか」

「・・・戯れ言?」

「戯れ言でなければ独り言か寝言か?・・・真実まことを伝えていると言うのなら何故背を向けたままじゃ。何故、わっちの眼を見て話せないのじゃ」

「手厳しいな」

「手厳しいもなにも、背を向けたまま語る真実まことなどあるのか。何やら一世一代の告白のようにも聞こえるが、そんな大事なことを伝えるのに相手の顔も見ないとはぬしでも呆れるじゃろうが。そんな臆病者の語る言葉が真実まこととはわっちは到底思いんせん。惚れた女の眼すら見ようとせず惚れたの晴れたの言われて、信じると思うか」

「・・・」

夢の中のあれは、夢の中だけの会話ではなかったのか、と、今になって不安になる。
銀時が言いたがらないだろうことをあれこれと訊いた。

誰も見ぬ遠い眼。
埋まらぬ穴。
それを人手に委ねぬぬしの頑な。

・・・ああ、蘇って来た。
ぬしの失ったものの代わりになろうとも、なれるとも思わぬ。
それでもわっちはそばにいる。

___そう言ったのに

わっちの言葉の「惚れぬ」の一言だけ受け取るのか。
勝手じゃ、ずるいと思っていたが、こうまで勝手で挙げ句バカだとは思わなんだわ。

ぬしが背負っているもの、それを少しでも一緒に背負いたい、と、そう言ったはずじゃ。

じゃが、そもそもわっちはなんでこやつの荷を一緒に背負いたいと思ったんじゃ

・・・!!

そうか、悔しいが、やはり日輪や晴太が正解か。
わっちもこのバカに惚れていたのか。
だから、こやつのこの遠い目がこんなに寂しいのか。
だから、この背中が悲しいのか。
こんな身勝手なバカに惚れるとはわっちも救いようのないバカじゃ。

「魘されながら吐いた言葉を言質に取られてもどう責任を取っていいかもわからぬわ」

掠れる声に漸くバカが振り向いた。
食わせ者の顔が酷く歪んで、もはやどんな顔なのだか判別もつかぬ。

「・・・だからなんじゃというのじゃ。わっちがぬしに惚れぬと分かっても関わらないようにするのは無理で、わっちが迷惑じゃと言ったぐらいですっぱり捨てられる程度の惚れ様とは一体どんな惚れ方じゃ」
「・・・」
「・・・そんな中途半端な気持ちをぶつけられる方がよほど迷惑じゃ。ぬしに惚れぬと言ったのは、魘されていたとしてもなるほどそうなのじゃろう。じゃが、それには理由もある」
「・・・」
「・・・わっちは夢を見ていると思っておった。夢の中でなら、普段聞けぬことも聞けるかと色々聞いたのも思い出した。じゃが、ぬしは何も答えなかったじゃろうが。わっちが何を聞いてもだんまりしか返さなかったぬしがわっちの言葉ばかり拾うのは卑怯じゃ。」
「月詠・・・」

歪んだ顔がもっと歪んでくしゃくしゃでさらにぼやけて見えるのは何故だろう。
この情けない顔をしたバカが、もっと凹んでしまえばいいと思う。
もっと弱気になって、わっちにすがり付いてくる様な罵声を浴びせてやりたいと思う。
けれど、次々とせり上がる言葉は全部喉元で詰まってしまって、そこから先へ出てこない。___舌が回らない。
口から生まれた様な、適当な言葉が転がる様に出てくるこいつが心底羨ましいと思った。

「・・・」

何を黙り込んでいる。
いつもの饒舌はどこへ行った。
肝心な時にはだんまりの、この臆病者が。

奴の手がコマ送りの再生画像のようにゆるゆるとわっちに伸びてくる。
頬に触れる手が冷たい。

「・・・冷たいの・・・」

「・・・お前が泣いてるからだよ」

そう言ってくしゃりと笑うバカの顔も酷くて崩壊寸前だ。
わっちの顔を両手で包んで額を合わせる。
耳にこつんと骨がぶつかる音が響く。

「・・・ぬしも泣きそうな顔をしておるではないか」
「・・・ああ。泣きそう・・・」
「なんでじゃ・・・なんでぬしが泣く」
「・・・嬉しくてさ」
「・・・バカ者が」
「・・・うん。大バカ者。銀さんは紛れもない大馬鹿野郎。認める。救いようのない大馬鹿野郎だから、また、大事なものを失くすところだった・・・」
「・・・失くさずにすんだのか?」
「・・・うん。」
「そうか、それならばよかった」
「うん。・・・だから・・・、

___だから?

・・・だから、大馬鹿野郎がまたバカをやらないよう、太夫がちゃんと見張ってて・・・」








夢はただ___

ずっとこのまま、お前が、ぬしが、腕の中にいる

いつまでも続くこのうつつ___





 

fin.

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