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Chapter1;俺がぱつきんであいつがはくはつで

 

 


天井が開いたとはいえ、大半は鉄の屋根に覆われている吉原は日が陰るのも早い。地上ではまだ明かりを必要としない時間帯から店先の灯りに火が入る。万事屋が依頼を片付け、ひのやに戻る頃、薄暗い街中に並ぶ怪しげな色合いの提灯や照明が影を黒く、濃く落としていた。一足先に仕事を終えた月詠が店先で出迎える。団子とお茶を振舞い、夕飯ができるまでをバカ話をして時間を潰していると、人通りも徐々に増えてくる。呼び込みや遊女を値踏みする声が満ち潮のようにじわじわと街中を満たして、静かだった通りが少しずつざわつき始める頃、ざわめきの隙間を縫って、人が争っているような声が聞こえた。

「今、何か聞こえなかったか・・・」

月詠が急須を持った手を止め、通りの向こうに視線を走らせる。

「・・・んあっ?別に何も・・・」

銀時が団子を頬張ったまま、気の無い返事を返す。隣で神楽は大量の団子を口の中に詰め込んでいる。

「・・・言われてみれば・・・向こうの路地あたりですかね」

新八がずずずっと茶をすすりながら月詠が気にしている方向に背を伸ばす。

「・・・何も、聞こえねぇって」

一瞬、耳を澄ませた銀時が面倒臭そうに手をふる。銀時が何も聞こえないと言うなら、自分の空耳かと月詠は思ったが、もう一度、よく耳をそばだてるとやはり聞こえる。
数人の男の声と女の声。

「・・・いや、やはり、な・・・」

「きゃーーーーー」

月詠が銀時の意見を否定しようとした、まさにその時、通りの向こうで金切り声が上がる。と、同時に、月詠は床几を蹴立てるように走り出した。

「あ、おい、月詠!」
「月詠さん!!!」
「ツッキ―!」

万事屋の面々が呼び留めるのも一切無視で、あっという間に路地に姿を消す。

「・・・ったく、しょうがねぇ」

銀時は頭をガシガシ掻きながらゆっくり立ち上がると、月詠が姿を消した路地に向かって歩き始めた。神楽も慌てて団子を呑み込み後に続く。

「・・・何事だい?」

台所につづく暖簾の隙間から日輪が怪訝そうな顔を覗かせる。最後に残った新八が、

「斜向かいのスナックの裏辺りで何かあったみたいです。銀さんと月詠さんが向かいましたから大丈夫ですよ。」

と笑った。
日輪はそうかい、もうすぐご飯だからね、ちゃっちゃと片づけて帰っといでよ、と言って暖簾の向こうに戻っていった。


 

*

「この街で女に無礼を働くとはいい度胸だな」

新八が現場に着く頃には月詠と百華の部下たちが数人の男を縛り上げ、騒ぎはすっかり収まっていた。

「あれ?もう捕まえちゃったんですか?」

銀時の姿を見れば、彼が手を出すまでもなかったことは一目瞭然だ。
利き手を懐に、左は鼻をほじって、白けた顔で百華の女たちに押さえつけられた男を見ている。
着物がはだけ、地面に膝をつかされ後ろ手に押さえられている姿は誰が見てもかっこのいいものではないのだが、僅かに残った尊厳を誇示したいのか、怒鳴り声をあげながら拘束から逃れようとじたばたするのがいかにもみっともない。
拍子抜けした新八がそう問えば、銀時が、ああ、と所在なさげにハナクソを飛ばした。
どうやら、馴染みになった店の女に勝手にのぼせ上った男が、ごろつきを雇って女に狼藉を働いたらしい。女が男の思い通りにならないので営業前に連れ去ろうとしたところをあっさり月詠に抑えられたというのがことの顛末のようだ。
月詠は、痛てえな、何しやがんだ、と、威勢だけはいい男どもの手をぎりりと後ろ手にひねり上げ、すっかり見物人と化している銀時たちに、先に帰っていてくれるか?と、すまなさそうに声をかけた。その様子を見ていた部下が

「頭。後始末はお任せください。折角、銀様たちがおいでなんですから、帰ってください」

と気をきかせるが、堅物の月詠がそれに諾うはずもない。

「そうもいかぬ」

渋る月詠に銀時と神楽が口々に言う。

「折角、部下がそう言ってくれてんだ。たまにはお言葉に甘えろよ」

「そうアルね、ツッキー。こんなチンピラどもツッキ―の手を煩わすまでもないネ」

「・・・じゃが・・・」

そんなやり取りをしていると、見物人の中から一人の男が月詠に向かって飛び出した。

「月詠!!」

それと同時に銀時の声が通りに響く。

ゴッ!!

鈍い音がして、銀時と月詠がはじき跳んだ。

「月詠さん!」
「銀ちゃん!」
「頭!」
「銀様!」

万事屋、百華の二人の名を連呼する声が吉原の鉄の天井に木霊した。

*

「銀さん・・・」
「ツッキー・・・」

銀時と月詠はひのやの座敷に仲良く寝かされていた。
急遽、呼びつけられた吉原の医者は手桶で濯いだ手を拭いながら、じっと見立てを待つ家主たちに向かって告げた。

「軽い脳震盪だと思うけどね・・・。明日にでも、病院で頭の検査しといたほうがいいよ。まあ、様子が変わったらいつでもいいから呼んで」

「ありがとうございます」

新八と晴太が出入り口まで医者送って部屋に戻ってくると、意識が戻ったらしい二人がもそもそと布団の中で動いていた。

「う・・・」

「気がついた?」

「月詠、大丈夫かい?」

「あ~~~、痛ぇ~~~~~。見かけによらず石頭なのな・・・」

ぶつくさと頭をかきながら起き上がろうとする月詠を新八が押し止どめる。

「頭をぶつけてるんですから暫く安静にしてなきゃダメですって・・・あれ?」

「・・・ん?」

「月詠さん・・・ですよね?」

「ああ?」

「・・・うう・・」

その横に寝かされていた銀時も呻きながら目を覚ます。
目を擦って天井をぼんやり見つめる銀時に晴太が声をかけた。

「銀さん?気がついた?」

「気を失っていたのか、わっちは・・・」

晴太に返って来たのは銀時の声。・・・ではあるけれど、冷静沈着な言い方と、一人称に室内の空気が凍り付く。

「「「「え???わっち・・・??????」」」」

次の瞬間、4人の血がひく、ざ~~~~~~~~~っという音が座敷内に響いた。
布団の上の二人も、ぼんやりとお互いを見ていたが、みるみる両眼がかっ開いていく。

「え?なんで、俺、そっちにいるの?」

「それはわっちのセリフじゃ。なんで銀時がわっちの格好をしておるんじゃ。気持ち悪いっ!」

「気持ち悪いとはなんだ、このやろー💢おまえだってなんで、俺のかっこ…うわっ!」

「・・・!!!???」

「ちょっと待て、ちょっと待って!なにこれ?どうなってんのこれ?なんで、俺、月詠の着物着てんの?・・・き・・・も・・・の・・・?」

月詠は布団を引っぺがし、全身を確認する。

「・・・お・・・、おpp・・・」

目線が自分の胸部に釘付けになり、わなわなと震える手が見事な二つの膨らみにちょんと触れる。一瞬、信じられないというような表情で一同を見渡し、確かめるようにもう一度、ふわりと触ると、歓喜の色がないとは言えないような複雑怪奇な顔になり、がっしと胸を鷲掴んだと同時に素っ頓狂な声をあげた。

「本物だ!!!!!本物だよ、これ!!本物のおっぱいだ、本物の月詠のおっぱいだ!月詠のおっぱいが俺に!!!!!」

おっぱい以外の言葉を全部忘れたかのようにおっぱい連呼する銀時に月詠が食ってかかる。

「おっぱい連呼せんでいい!!!!」

「だって、これ、本も・・」

言い終わらぬうちに月詠は月詠の頬に拳をぶつけた。

「何しやがるっ!」

「人のものに勝手に触るな!」

「だって、お前!これ!人のものっつったってこれ!」

銀時は両手で両胸を乱暴に掴んで必死に訴える。

「じゃから、やめろと言っておるんじゃ!」

「ちょっと待って下さい。事態がうまく飲み込めないんですけど・・・このいつも通りのとっちらかった天パのダメ社長は月詠さん?」

布団の腕でパニックの2人の間に新八が割って入って、状況の把握をしようと試みる。

「・・・至極、不本意千万だが、そのようじゃ。」

「で、ツッキーが銀ちゃんあるか・・・?」

神楽も四つん這いのまま、布団ににじり寄って銀時の顔をまじまじと見る。

「どうも、そうみてーだな・・・。ってか、ツッキー、不本意千万って何?失礼じゃないかね、君・・・」

「なんじゃと?この前の性転換騒動ですらいい加減うんざりじゃったが、あれはまだ自分は自分だったからまだ助かった。それが今度はなんじゃ?こともあろうにぬしと入れ替わるとはなんのとばっちりじゃ?何の因果じゃ?不本意千万、迷惑千万じゃ・・・」

そこまで言って月詠は、何かに気がついたように着物の袖を鼻に近づけた。そして、クンクンと臭いを確かめ、おもむろに顔をしかめる。

「・・・なんか臭うし・・・。何じゃ、この臭いは?加齢臭か?」

「・・・?はあ?か、かかかか、加齢臭?・・・加齢臭だと?こら!お前こそ、無礼千万だなっ!それは男の中の男の匂いってやつです。おぼこちゃんにはわからない匂いなんです!」

安静にしろと言われたことも忘れ、大声でバカな言い合いを続ける二人を新八、神楽、日輪と晴太は忙しなく見比べる。どこからどう見ても一ミリも変わったところはない。
が、目を皿のように、穴が開くほど細部を観察してみると、

「「「「・・・あれ?」」」」

さらっさらの金髪だった月詠の髪はちゃらんぽらんと跳ねているし、方向性のさだまらない銀時の天パはやけにさらさらつやつやしている。
銀時の死んだ魚みたいな目がぱっちり開いているし、月詠は紫水晶のように澄んだ瞳だったのに、梅雨空のようにどんより曇っている。

四人は青ざめた顔を寄せあった。
まるで悪夢を見たような顔つきでこそこそと話している。
時折、確認するように銀時と月詠の方を振り返り、じっと見つめる。そうしたところで何が変わるものでもないのだが。
そして、漸く事態を理解したのか、ごくんっと、息を呑みこんで、一斉に後れ馳せながらの驚愕の声を発した。

「「「「「「ええええええええっっっっっっ!!!!!」」」」」」






to be continued ...

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