無自覚の自覚
四角く切り取られた上空に、のほほんとした空気をはらんだ青い空が顔を覗かせていた。
どこぞの天人の宇宙船が引く飛行機雲が四角い青空を二つに分割しようと、白い尾を引いていた。茶屋ひのやの店先の通りにも柔らかい陽光が降り注ぐ。
床几に腰かけた、新八、神楽、晴太、日輪の4人が所在なさげに、顔を寄せ合っていた。
ずずずっ
新八が一口、茶をすすり、
「なんで、そんな話になったんだかな・・・」
と、首を傾げた。両手で包み込むようにしていた湯飲みを台の上に置いて、腕組みをして、しばらくう~~~んと考える。
「多分、切欠は、毎朝、銀さんがかじりついて見てる「結野アナ」です。あのぐうたらを絵に描いて、落款押して、額縁に入れて、更にリボンかけたような銀さんが、その時間にはきっちり起きてくるんですよね。パジャマのままだけれども・・・正座して見てるし、結婚報道には相当落ち込んでいたし・・・そんなに好きなんだなあ・・・って、神楽ちゃんと、銀さんの理想の女性像?って振ったのが始まり。てっきり、『ったリめ~だ! 』とか言って、結野アナを理想とするところを滔々と語りだすかと思ったらさにあらず、で・・・」
その時のことを思い出したのか、忌々しげに新八が続ける。
「すっっっげ~~~、子ども扱い、バカにされました」
ケッと、舌打ちをしてから、物まね四天王よろしく、銀時の声音を真似る。
『わかってないねぇ、新八くぅ~ん。』
その表情があまりに忌々しそうで、日輪と晴太は思わず、苦笑いを見合わせる。
「銀さん曰く、一本芯が通ってて、責任感が強くて、控えめで、情が深くて、でもって、気も付くし、気配りもできる人。それがさりげなければなお良し。
『押しつけがましくない優しさ、っていうヤツだよ』
・・・って、なんであんたが得意気?なに、自慢そうに語ってんの?あんたのどこにもそんな要素ないよね?って思いましたね」
銀時の声色を真似るのが、なかなかどうして、特徴を捉えている。銀時の意味不明な自信満々の食えない表情までしっかり再現して、まるで、そこで銀時本人がいて喋っているような錯覚さえする。
「口数は少なめで、女なんだから守られて当たり前、とかじゃなくて、腕っぷしは強い方がよくて、でも、銀さんより強いのはダメで・・・。時には、コイツを守りてぇ!って、思わせるような儚げなところも垣間見えて・・・」
ふと見ると、隣に座った晴太が、思いっきり眉間にしわを寄せて、新八の顔を見上げていた。何故だか瞳孔が針先のように収縮している。
「晴太君、これは銀さんの理想だから、僕のじゃないから。いくら何でも僕はこんなに図々しくないから」
___くれぐれもそこのところ誤解のないようにね・・・
ゴホンッと一つ咳払いをして、晴太に釘を刺す。
「へえええええ、で、ルックスは?」
新八の湯のみに茶のお代わりを注ぐ日輪の眉尻がひくひくと痙攣する。口元も心なしか引き攣っていた。
「ルックスは・・・」
ありがとうございます、と、日輪に頭を下げて、新八は拳に握った右手を口元に、記憶を探るように、宙を見つめた。頭上の四角い青空に描かれつつあった、白いラインは既に描き終わっていた。それを見つめながら、新八はポンと手を打つ。
「そうそう、こう言ってました」
『透けるように色が白くて、目はパッチリ、長くて濃い睫毛が落とす影がもの寂しげでだな。鼻筋がすっと通っていて、口は小さめ、髪はさらさらストレート。プロポーションは言うまでもなく、ボンキュッボン。抱くと壊れそうな華奢な肩、折れそうな腰・・・。』
身振り手振りを加えて話す新八。その横で晴太が、新兄、手つきがやらしいよ・・・とボソッと呟く。子供相手に何話してんだ、あのおっさん・・・と。
そこまで、一気にまくし立てて、新八は注いでもらったばかりの茶をずずずっとすすり上げ、一度、息継ぎをし、続けた。
『何より、俺に惚れてくれてねぇとな~~~。』
少々顎を上げ、目を閉じて、人差し指で空を指すのは、ご高説を述べる際の銀時の癖そのものだ。
「いるじゃん。性格はよくわかんないけど、ほぼ、そんなルックスで銀さんに惚れてるっぽい女の人。しつこいっていうか、うざいっていうか、すっごい斜め上行っちゃてて、俺には既にホントに惚れてんだか、単に自分が満足したいだけなのかわかんないけどさ。」
幼い頃から艱難辛苦を舐めただけあって、晴太は大人が舌を巻くような洞察力を披露する。
「うん、でも、本誌でも宣言してたけど、積極的な女性は嫌い、なんだよ、銀さんって。気の毒だけど、さっちゃんさんのあの猛攻は銀さんを萎えさせこそすれ、心動かされることはないと踏んでるんだよね、僕は。さっちゃんさんの事は好きなんだろうけど、それはあくまで仲間、友達としてでさ・・・」
「・・・銀さんがカッコ悪いとは言わないけどさ、自分の事は棚に上げて、よくそれだけ贅沢な理想像を並べられるね・・・」
晴太がやれやれと言った顔で、ため息を零す。
「僕と神楽ちゃんは、結野アナが理想?って聞いただけなんだけどね。そこまで聞いてねぇ~よ!ってとこまで、一人で盛り上がって喋ってくれちゃってさ。まあ、あくまで理想だから。現実とは違うからこその理想なんだから」
「うん、でも、その現実とのギャップが激しい理想が・・・」
「・・・晴太君・・・」
「改めて聞いてみると、アレあるな・・・」
それまで黙って聞いていた、というか、団子を頬張ることに集中していた神楽が咀嚼した団子をごっくんと飲み込んで、ひのやの軒先から賑やかに人が行きかう吉原の目抜き通りを遠い目で見つめ、ぽつりと呟いた。
「そうね、アレね。」
「うん、アレだね。」
「・・・アレ、ですよね。」
4人がそれぞれの顔を順番に眺め、何が言いたいかを確信したように頷いた。
「ほぼほぼ、月詠さん」
「ほぼほぼ、ツッキー」
「ほぼほぼ、月詠姐」
「ほぼほぼ、月詠」
「「「「・・・だよね~~~~~」」」」
はあああああっ、と、一同、一斉に肩を落とす。
「自覚していないのは、本人たちだけかい・・・。まったく、手のかかることだねぇ・・・。」
仕事の依頼主に会う為に銀時と月詠が去っていった方角に日輪が視線を投げる。
ぽかぽかと温かい午後の陽射しが降り注ぐ吉原は、地上の街と変わらない穏やかな日常に包まれている。
その長閑な空気を掻き消さんばかりに喚き散らしながら歩いていく二人の後姿が陽炎のように揺れていた。
fin.