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星に願いを

 

 

 

 

 

かんかんかん
ドスッ
キュイーン
カンカンカン

早朝、とは言え、お天道さんはすっかり屋根の上。
どちらかと言えば夜が賑やかなこの町ににわかに響きわたる槌の音。
作業手順を伝えていると思しき叫び声、チェーンソーのエンジン音、果ては機械油のにおいまで漂ってきて、つい先ほど玄関先で目を覚ました万事屋・坂田銀時は二日酔いでぐるぐる回る頭を抱えて唸っていた。
階下から酒とたばこでやられただろうしわがれた大家の声も聞こえる。

「だ~~~~~っ!朝から、うるせ・・・・・え・・・?」

堪え切れず、重い体を起こして一つ文句を言ってやろうと玄関の引き戸を開け、表に向かって口を開けた銀時の目に見慣れない風景が飛び込んできた。

各店舗の軒先に突き立てられた竹。
竹と竹を結んで張り巡らされた縄に括りつけられた提灯と吹き流し。
さらさらと風に揺れる吹き流しのしっぽが太陽の光を反射する。金色や銀色の小さな光の粒が二日酔い男の濁った眼を刺し貫く。

「・・・まっ・・・まぶし・・・っ。なんだ、何だ?何事だあ」

文句を言うどころか返り討ちを食らった体で、思わず目を塞いでたじろいだ銀時のもとに店先に出て、通りの様子を眺めていたお登勢と神楽の声が届く。

「やっと起きたアルか」
「・・・まったく、しようがない大人だねえ・・・。」

声の方を覗き込めば、口紅のべったりついたフィルターを艶っぽいとはお世辞にも言えない唇から引きはがし、ふーっと妖怪さながら白い煙を吐くばばあ、その横にばばあに食べさせてもらったであろう朝食で腹をパンパンに膨らませた大食い娘が、呆れ顔でこっちを見やっていた。

「・・・・・」

アルコールの抜けきらない、言う事をきかない頭はいつもの減らず口をたたき出すことも忘れ、ぼんやりと状況を反芻している。
銀時はぼりぼりと白髪頭を掻きながら、階段をとぼとぼと降りて行った。
通りに降り立てば、また風景が変わる。
かぶき町大通りの入り口からずずっと奥に至るまで連なった店舗の脇に、目にもまぶしい青い若竹が立てかけてある。
京の風情のある竹林とまではいかないものの、それはそれで、普段の雑然とした景色とは全く違って新鮮に見えた。
銀時の頭を殴りつけていた槌やのこぎりの喧騒は、この設えのせいだ。
昨夜も遅くまで営業していただろう店先にも人が出て、せっせと竹を地面に埋めている。
大通りの真ん中では脚立に上った男たちが提灯や吹き流しを吊るしていた。

「一体、何の騒ぎだよ?」

ふわあ・・・、と、大あくびをしながらその様子を眺めるお登勢と神楽に近づくと、神楽がにっと笑いながら、チラシを突き付けてよこした。

「・・・?第一回かぶき町七夕祭りィ?」
「昨今、流行りの町起こしみたいなもんさね。かぶき町の多様性をアピールするんだってさ」
「銀ちゃん、屋台もいっぱい出るアルよ!万事屋は何するアルか?りんご飴?たこ焼き??」

銀時のどんより顔の正面に、きらんっと効果音を発しながら神楽のドアップが迫る。
その表情は腹以上に期待で膨らんでいた。

「ああ!?メンドくせっ。嫌だよ、俺ぁ、そんな面倒くせえ事。」
「銀ちゃん!」

神楽の抗議に盛大な溜息で応酬すると、

「タナバタでも、タナボタでも好きに盛り上がってくれ!俺は寝るわ」

胸ぐらを掴みそうな勢いの神楽の抗議をかわし、銀時はひらひらと手のひらを翻しながら、階段に続く路地へと姿を消した。



☆彡



「第一回かぶき町七夕祭り?期間 20☆☆年7月4日(木)~7月7日(日)。ほお・・・」

定春を撫でながら、ふうーーーっと、紫煙を吐き出し、月詠は新八が差し出したチラシを読み上げた。
晴太を挟んで、床几に腰かけた神楽が団子をほおばりながら月詠に向かって声を張り上げる。

「ツッキー達も遊びに来ると良いアル!」
「何があんの?」

月詠の手元を覗き込み、目をキラキラさせる晴太に、最初に返されたのは銀時の「けっ」という言葉だった。

「んなもん、どこぞの夏祭りと変わんねえよ。バカバカしい…おかげで、なんだかんだとばあさんや町内会にタダでこき使われて、いい迷惑だぜ、こっちは」

団子を一気に噛み下して、ずずっと茶を啜る。
ひのやを訪れてからというもの、銀時の機嫌は斜滑降気味だ。
盛り上がる子供たちを尻目に、銀時だけが季節さながらのどんよりとした空気を纏っていた。

「だけど、銀さん。ここのところ、仕事の依頼ないし、手伝いに行けば、ご飯は向こうで出してもらえるんだから、助かってるのは事実ですよ。」

かっこ悪いし、自慢できることではないが、事実は事実だとばかり新八ができるだけ明るくフォローするが、

「新八くぅん、情けないこと言わないでくれる?銀さん、悲しくなるから。泣いちゃうから」

銀時に一蹴され、新八の胸の内には銀時に対する色々な不満が去就した。
光る眼鏡の奥からいささか厳しい眼差しを銀時にくれるも、新八の眼力ごときにどうなる銀時でもない。
不機嫌そうな相好を崩さないまま、茶をすするばかりだ。

『何がそんなに気に障るんだか・・・』

確かに常に上機嫌な男ではない。
というか、やる気も生気もない、死んだ魚のような眼をしているのが常の男ではある。
だが、訳もなく不機嫌になったり、それを子供たちにぶつけたりすることは滅多にない。
万事屋を出る時はそんなでもなかった。
道中も何もなかった。様子が変わったとしたらひのやに着いてからだ。

『・・・もしかして・・・』

新八は、内心ため息をつき、その場に居合わせる面々の表情を伺った。
なんだか、誰も彼も何となくこの空気を察しているようで表情が硬い。
中でも、膨らむ期待を銀時にぺちゃんこにされた晴太は俯いてしまっている。

「まあ、出店なんかは銀さんの言うとおり、そこらの夏祭りと変わらないだろうけど、盆踊りやカラオケ大会、ミスコンとかもやるらしいんだよ!」

引き攣る笑いを浮かべながら新八は声を大にして、晴太に告げた。

「へえ、楽しそうじゃないか」

日輪が銀時の湯のみに茶を注ぎながら乗って来る。

「皆で行こうよ!ね、母ちゃん」

母の援護射撃を受けて、にわかに晴太が蘇る。

「そうだねえ…一日ぐらい店を早仕舞いするのもいいね。お言葉に甘えて遊びに行かせてもらおうか?」
「わ~い!やった~!」
「晴太、金魚掬いやるアル!」
「うんっ」
「そうだ!月詠さん、ミスコン、飛び入り参加OKらしいですから、出てみたらどうですか?絶対、優勝すると思うな!」
「・・・え・・・?あ・・・いや、わっちはそういうものは・・・」

突然の振りに月詠が驚く。
今や月詠の膝の上に顎を乗せ、すっかりリラックスモードの定春の耳裏をせっせと掻いていた手が止まった。

「月詠姐なら優勝間違いなしだよ!出なよ、月詠姐!」
「晴太まで、なんじゃ・・・」

ぐいぐい来る子供たちの勢いに押され気味で、手が止まった月詠の顔を定春がぺろりとなめる。

「よしなんし、定春」

満更でもない顔で定春をたしなめて、月詠の手が動き始めると、定春は満足そうに月詠の膝の上に戻った。

「ツッキー出るなら、私も出るアル!二人で1・2フィニッシュ飾るネ!新八ィ、賞品って何あるか?」
「え・・・っとね・・・」

七夕まつりミスコンで再び盛り上がり始めたひのやの店先。
チラシの端に印刷されたミスコン優勝賞品を新八が言おうとした時、

「いけません!」

と、銀時の一喝が飛んだ。
一同は驚いて声の主を振り返る。
振り返られた銀時は一同の視線に返すでもなく、目を閉じたままの仏頂面に腕組みをして、更には組んだ足のつま先をイライラと上下させている。
続けて言うには、

「な~にがミスコンですか。衆人環視の中に水着姿をさらすなんて、お父さん、許しません!」
『『『『・・・・・』』』』

一同、半ば呆れた、どんよりとした白い目で銀時を見つめるが、本人は意に介さない。
眉間にしわを寄せ、咥えたままの団子串を舌先で弾いて、ちっちっと鳴らせている。

『『『『あ~~~~~』』』』

盛り上がっていた雰囲気が一気に盛り下がる。

『『『『面倒臭いモードにスイッチ入っちゃてるぅぅぅ』』』』

月詠を除く一同はげんなりと肩を下げ、目配せをした。

「大体、ミスコンの審査員なんて、女の子をスケベな目でしか見ない、エロ爺ばかりじゃねえか・・・」

誰の目も見ないで、頑と言い張るのは大体において銀時の中で気に食わない何かがある空気で、周りが反対意見を述べれば述べるほど意固地になっていくのがいつものパターンだ。
言い出しっぺの新八はじめ、神楽も日輪も、晴太ですら、イライラと上下運動を繰り返す銀時のブーツの足先をちらっと見やってから、月詠の方へと視線を移した。
・・・顔の角度は変えずに。
月詠のミスコン出場は新八にしてみれば、万事屋一行がひのやを来訪してからというもの、定春ばかりをかまう月詠を会話に引き入れるリーサルウェポンだったのだが、会話に引き込むどころか、逆に銀時の不機嫌に油を注いだ結果になった。
当の月詠は変わらず定春を撫でている。
「お父さん、許しません!」という銀時の言葉尻だけを真っ正直に捉えているだろう。
煙管をゆったりと燻らしながら、定春を撫でつつ、うん、うんと頷いている。
月詠にとっておかしな方向に行きかけていた話が軌道修正されてほっとしているように見えなくもない。
銀時は「何がミスコンだ・・・」とか何とか、聞こえるか聞こえないかの声でぶつくさと口の中で文句を言い続けている。
ミスコンといえど七夕の出し物、審査は水着ではなく浴衣なのだけれど、新八は、それは言わずにいた。
ちらりと隣の晴太を見ると、晴太も前髪の隙間から新八を見上げ、

『ミスコン=水着が既におっさんだよ~』

と、訴えていた。その隣の神楽の顔には

『何がお父さんアル、銀ちゃんのは単なるジェラシーね。私をダシにしないでほしいアル。』

と、書いてある。
日輪は流石に事情を呑み込んだのか、困った顔に苦い笑いを貼り付けていた。

「ま・・・まあ、銀さんの言うことももっともだ。神楽ちゃんは未成年だし、月詠は仕事柄、あんまり顔が外に売れるのも支障があるだろう。」

と、ちらりと銀時を見れば、銀時は得たりや応と得意満面に胸を張った。

「そら見ろ!さすがは日輪さん。よくわかってるねぇ」

懐手で顎を擦りながら、漸く、開けた眼が行きつく先は軒先で定春を撫でる月詠の後姿。
こめかみに青筋が立っているように見えるのは気のせいだろうか。
視線は飛ばすが、言葉は交わさない。
そんなことは今に始まったことではないが、巻き込まれる方はたまったものじゃない。

『やれやれ・・・』

手のかかる大人だなあ・・・
誰に言うともなく4人が一斉に吐いたため息が吉原の四角い天井に吸い込まれていった。



☆彡



「新八様、神楽様、後は私とキャサリン様が引き受けます。お登勢さまがお呼びですよ。」

スナックお登勢の店舗前に設えた屋台で、せっせとたこ焼きを焼く新八と神楽がたまの呼びかけに店の中を覗くとお登勢が手招きしていた。

「今日は吉原からお客さんが来るんだろう?二人とも奥に来な。」

そう言いながら、先に立って、奥へと続く暖簾をくぐる。
お登勢の後を追い、店の奥の座敷を覗くと、鴨居に浴衣がかけてあった。
藍に鮮やかな黄色のひまわり柄のいかにも神楽に似合いそうな柄息の浴衣だ。

「お登勢さん・・・?」
「私のお古で悪いけどね。どら、神楽は着せ付けてあげるから、手と顔を洗ってきな。新八はこれ、こっちは銀時に持って行っておくれ。」

神楽はキャッホ~~~!と奇声を発しながら洗面所へと姿を消す。

「お登勢さん・・・これ・・」
「ああ、心配ない、そっちも私の旦那のお古だよ。洗って糊つけ直してあるから」
「あ・・・ありがとうございます。」

ぺこりっ、と、頭を下げて、走り去る。

「丈の短いのが新八のだからねっ!」

入れ違いに入ってきた神楽を鏡台の前に座らせながら、叫ぶと、「は~いっ」と明るい返事が廊下に響いた。



☆彡



「こんばんは~」
「晴太、来たね!」
「あ!晴太君も浴衣?」
「神楽ちゃん、かわいい!新兄もかっこいいよ!」
「ありがとう。日輪さんたちは?」
「下で待ってるよ。」

勢いよく駆け出す晴太と神楽を待ってよ~と追いかける新八。
その後をのらりくらりと追う銀時が玄関を閉め、振り返って、通りを見下ろすと、日輪と月詠がこちらを見上げていた。

「こんばんは」

にっこり微笑む日輪。隣に立つ月詠はいつものごとく、にこりともせず、殺風景な表情で銀時を見上げている。

「・・・」

ところが出で立ちがいつもと違っていた。
右袖のない、深いスリットの、いかにも戦闘向きの濃紺の着物、ではなく、紺地は紺地でも、色とりどりに紫陽花を絞り出してある浴衣を月詠は着ていた。
帯は髪の色に合わせたような明るいレモンイエロー。
ポイントに赤の真田紐を締めている。緩く結い上げた髪を飾るのはくないではなく、鼈甲の簪。

「・・・う・・・」

例によって例のごとく、「殺風景」とからかおうとして言葉に詰まる。その代わりに出てきたのが、

「・・・馬の耳に念仏とはこの事だな」
「・・・?」
「やだよ、銀さん、それを言うなら馬子にも衣装じゃないのかい?」
「日輪!?」
「ああ、ゴメンゴメン。あんたがそうだって言ってるんじゃないよ!ほらっ!銀さん、おかしなこと言わないでおくれよ‼」

『いつも通りでいいって言うのを無理矢理着せたんだからねっ。誰のためだと思ってんだい』

日輪はだるそうに階段を降りてくる銀時を一睨みしてにっこり笑った。
その横で、だから嫌じゃと言ったんだ、と、小声で抗議する月詠の頬にはほんのり紅も刺してある。
日輪は嫌がる妹分を目一杯粧し込ませた。
いつもと違う、死神とか百華の頭とか、そんな血腥いものとは縁のない、どこにでもいる女の子として、月詠の魅力を最大限引き出したつもりだった。
姐様の欲目を除いても、このまま件のミスコンに出れば優勝は間違いないと自負している。
にも関わらず、それを一番認めてほしい銀時に馬子にも衣装なんぞと言われた日には、吉原日輪太夫の立つ瀬がない。
日輪は、せめて、ちょっと褒め言葉に口ごもるぐらいの繊細さはないのかいこのアラサーは、と内心悪態をついた。

「そういう銀さんこそどうしたんだい?随分、粋な拵じゃないかい」
「これは、ほれ、あれだよ。ばばあの亡くなった旦那のお古ってやつで・・・」

階段を下りきった銀時は泥藍に細かい亀甲絣が飛んだ夏紬に、深川鼠の博多帯を締めていた。
普段、ジャージとは言え、一応着物の体をなすものを着ているからか、半幅帯を締める腰も座っていて、昨今の洋服に慣れた男子の案山子に反物巻きつけたような無様な格好でないことは確かだ。
銀時は日輪の褒め言葉に白髪を掻きながらちらりと長い前髪の間から月詠を見た。

「お登勢さんの?まあ、まあ、上等な夏大島だねえ。これが似合うなんてさぞかしいい男だったんだろうねえ。会ってみたかったねえ。ねえ、月詠?」

少女のように目を煌めかせて月詠の顔を見ると、月詠はちらりと銀時を一瞥し、そうじゃの、それこそ、馬子にも衣装じゃ、と笑いながら煙を吐き出した。

「おいおい、聞き捨てならねぇな。誰が馬・・・」
「銀ちゃ~んっ!」
「母ちゃん!月詠姐もいつまで喋ってんだよお!盆踊りはじまっちゃうよ!」

子供たちが大はしゃぎで戻って来ると、3人の中に割って入って、早く早くと日輪の車椅子を押す。

「これ、晴太!」

晴太と神楽は月詠が呼び止めるのが聞こえたのか聞こえないのか、月詠姐たちも早く来なよ〜とこだまを置いて走り去っていった。

通りの真ん中にぽつんと取り残された銀時と月詠は、改めてお互いの姿をまじまじと見てなんとも言えない居心地の悪さに襲われる。

「・・・ごほん・・・、ま、あれだ、鬼瓦にも化粧っt・・・」
「誰が鬼瓦じゃ!」



「キャサリン様。銀時様と月詠様は一体どうされたんでしょう。さっきから1ミリも動いていないのですが」
「ッテイウカ、クナイササッテルネ」
「思うのですが・・・」
「ン?」
「銀時様ほどの腕ならば、例え月詠様の攻撃とはいえ躱せるのではないでしょうか?」
「・・・ダカラダヨ」
「え?」
「月詠ノクナイダカラカワセナインダヨ。アラサーデ天邪鬼ノ初恋ナンテノハ、幼稚園児ノ初恋ヨリ拗レタヤヤコシイモノダッテコトネ。クサレ天パノ場合、コレ、相手ガ相手ナンデ尚更ヤヤコシクナッテ、ヒネテマガッテモドッテクルブーメランネ。」
「アラサーで天邪鬼で相手が相手だと厄介で拗れてブーメランな初恋になると言うことですね。データに書き加えておきます。」



☆彡



盆踊りの太鼓が聞こえる。
かぶき町を縦横に走る通りはどこも人の波で埋め尽くされていて真っ直ぐ進むこともままならない。
いつもの五割増しの喧騒の中、子供たちにすっかり置き去りにされた銀時と月詠は人混みに揉まれながら盆踊り会場へと向かっていた。
その途中、店の扉を開け放しただけで通常通りの営業をする店、スナックお登勢と同じように店の前に屋台を出して、焼きそばやイカ焼きを売る店、そのどこからも銀さん銀さんと声を掛けられる。
珍しく女連れで歩いているからか、次々と手渡される水風船やお面や焼きそばなどで月詠の両手は塞がってしまい煙管を吹かすのもままならない状態だ。
鳳仙から街を解放した英雄だと言うこともあって銀時が吉原に顔を出せば「救世主様」「銀様」と下へも置かない持ち上げようだが、成る程、万事屋を営んでいるだけのことはあって、それなりに顔も広く、好かれているようだと、月詠はガリガリとりんご飴をかじりながら隣を歩く銀時の顔をちらちらと伺いながら歩いていた。

「お?銀さん、今日はいつもと装いが違うねえ。」

おでん屋台の親父が台の向こうから銀時に声をかける。

「おお、いつもにましていい男だろ!」
「はっはっはっ、冗談がうまいねえ。銀さんはともかく、今日はまたえらく別嬪さんをお連れじゃないか。いいねえ、羨ましいねえ、デートかい?」
「冗談って何?ともかくって何?銀さん、この街で一体どういう立ち位置?」
「あっはっはっは・・・。まあ、まあ、そんなにとんがらないで。彼女の前じゃないか。・・・しかし、銀さんには勿体無いような別嬪さんだ。一体、どこでこんな美人の彼女をこさえたんだか。別嬪さんはなんと仰る?」

おでん屋の親父は人の良さそうな笑みとは裏腹に明け透けな興味を隠そうともせず月詠を頭のてっぺんからつま先まで眺め、名を尋ねる。

「・・・わっ・・・」
「べ・・・、別に彼女じゃねぇしぃ。デートでもねぇしぃ」

月詠が答えようとするのを割って入った銀時はじろりと月詠を睨みつけた。
睨まれる覚えのない月詠もまた、睨み返すから、親父を尻目に時ならぬ睨めっこが始まった。

「え?彼女じゃない?」

銀時と月詠の睨み合いを面白そうに眺めながら、親父はさらに続けた。

「おうよ」
「デートでもない?」
「しつけえ!」
「・・・へええ」

おやじが意味ありげに顎をさすって、二人を交互に見比べる。

「な、なに?」

そして、一言

「情けないねぇ」
「な!」
「こんないい女、ただ連れ歩くだけとは、呆れるねえ。男の風上にも置けねぇ、いや、風下か。銀さんだし」
「は?」

食ってかからんばかりの銀時の剣呑な視線を物ともせずにおやじは月詠に話しかける。

「どうだい、今はちょっと手が離せねぇが、後30分もすりゃ交代だ。おいらに付き合うってのは・・・えと、なんとおっしゃたか」
「あ、つく・・・」
「おら!ガキどもが待ってっからさっさと行くぞ」

再び名乗ろうとする月詠を大声で遮って、銀時はくるりと踵を返した。

「え?あ!おい!銀時!!」
「・・・分かりやすいねえ」

銀時の後を追おうとする月詠におでん屋の含み笑いとからかうような声が追い縋る。
思わず振り向くと、月詠の目の前にずいっと差し出された二枚の短冊。

「?」
「高天原の前に墨と筆用意してあるから、お連れさんの願い事書いて、結んで来るといい。銀さんには素直に書けって言っておいてね」
「・・・?」
「言えば、銀さんにはわかると思うよ。兎に角、かぶき町を楽しんで行っておくれ」

にっこり笑うおでん屋に曖昧な笑みを残して月詠は銀時の後を追った。



☆彡



人混みの中に白いふわふわが見え隠れする。

「銀時!」

慣れない下駄で後を追うので、なかなか銀時に追いつけない。
更には行こうとする先に人が現れては邪魔をする。
ようやく追いついて名を呼べば、銀時は剣のある目でジロリと月詠を睨み返した。

「お前さあ・・・」
「なんじゃ」
「俺以外の奴らには随分、愛想がいいよね。結構、笑顔振りまいてるよね」
「愛想には愛想で返す。笑顔には笑顔で返す。当然じゃろ」
「するってえと、なにかい?お前が俺に無愛想なのは俺がお前に無愛想だからって言いたいのかい?」
「・・・なんで落語口調なのかは突っ込まずにいてやろう。・・・違うのか?」
「・・・え、あ、まあ」

言われてみれば反論の余地はない。
しばらくぶりに顔を合わせても月詠に向かって放たれるのは殺風景だ、無愛想だと言う言葉だ。
それで愛想良くしろというのも随分勝手な話ではある。
その悪態が全て月詠に対する好意の裏返しだとしても、そんな事とは当の月詠はつゆほども知らないし、国宝級のおぼこに気付けというのは無理無体も甚だしい。
おでん屋の親父が言う、「この女を口説かないなんて男が廃る」のは分かりすぎるほど分かる。
けれど、臆病者がちゃらんぽらんの皮を被った銀時にそれを求めるのはワニに腹筋をしろと言うに等しい。

『・・・ちくしょう・・・。大体、こいつが鈍ちんなのも悪ぃ』

色恋沙汰にとことん疎くて鈍いお互いに苛つきながら、ふと、月詠の手元の細長い紙切れが目についた。

「・・・?なに、それ」
「ああ、さっきのご亭主にいただいたのじゃ。高天原に墨と筆があるから何か書いて結んで来いと。ぬしの分もあるぞ」



☆彡



「何て書いた?」

銀時は月詠に尋ねた。

「見せたくない」などという女の子らしい答えが返ってくると、少しは期待できるかもと思ったが、銀時の淡い期待はあっさり打ち砕かれる。
尋ねられた月詠は、

「・・・世界平和じゃ」

と、至極当然の顔をして答えた。

「・・・セ・・・セ・カ・イ・ヘ・イ・ワ?」
「そうじゃ、争いも飢えも貧困もない世界。理想であろう?」
「そ、そ、そりゃ、そうですが、太夫。流石、太夫。グローバルですね・・・ってか、なんかもっと身近で叶いやすい願いとかってないですか?」

世界平和とは、また、想定をはるかに打ち破って、大きく来た。月詠らしいと言えば、らしい。何より、他人を優先させる月詠の考えそうなことではある。あるけれども・・・。

『七夕に祈ることって、星に願う事って、そう、When I wish upon a star~♪だよ、星に願いを、だよ、それってもっと、こう、将来何とかになりたい~とか、テストで赤点とりませんように~とか、○○君と仲良くなりたい~とか…、そう!年頃の女の子の願いってこれじゃね?こうなんじゃね?なんで、世界平和?俺は星屑程もあなたの願いの中には存在しないんですか?』

身近で叶いやすい願い、のワードの中に、これだけの思いを詰め込んで銀時は月詠が笹に括りつけた短冊を確認した。
そこには、薄い水色の短冊に墨蹟も美々しく、

「世界平和」

と、間違いなく書かれていた。

『わあ…ツッキーって達筆・・・』

あまりの哀しさにあらぬ方向に感心のベクトルが進む。

『・・・伊達に吉原で育っちゃいねえってことね』

肩を落としながら、盛大なため息をつく銀時は落胆の吐息と一緒に魂まで抜けてしまったような風情だ。
そんな銀時に月詠は不思議そうに眼差しを向ける。

「身近で叶いやすい願いごと・・・か??」

そう呟きながら、頬に手を当て、小首をかしげる様子が小憎たらしいほどに可愛いらしい。
傾ぐ小さい頭を力づくで自分の方に向けて、ぶつぶつと呟く唇を塞いでしまいたい衝動に駆られる。

「・・・あ」

数秒後、ポンと手をたたいた月詠の唇が放つ言葉に銀時の妄想は真っ二つにぶった切られた。

「日輪と晴太の多幸と健勝!」

どこの企業の暑中見舞いですかあああああ!

「そ、それも大事だが、その他には?」

「う~ん・・・・・、吉原の繁栄!」

なるほど、願う事はそこそこ複数ある様子だ。
日輪に晴太に吉原。
それを何よりも大事に、大切に思っている月詠の気持ちは銀時にも痛いほどに、わかりすぎるほどにわかる。
わかっている。
が、そこに銀時のみならず、月詠自身のことがこれっぽっちも含まれていないのが寂しい。
が、これ以上突っ込むなら、「百華の・・・」と言い出しかねない。

短冊を握りしめ、虚ろな目をして、黙りこくる銀時に向ける月詠の眼差しは眩しいほどに真っすぐで彼の落胆の原因が自分の願いごとにあるなどとは毛ほども感じていない様子だ。
月詠は月詠で、幼い頃から戦さ場を見続けてきた銀時の願う事は平凡な生活、安寧な暮らしではないかという考えが根底にある。
それ故、猶更、彼の落胆の意味が分からない。黒々と書かれた「世界平和」の四文字をじっと見つめる銀時に、月詠は尋ねた。

「何か問題か?」
「いや、問題があるわけじゃねぇが…。七夕の願いごとってさあ、なんつ~か・・・。例えば、お前ぐらいの年頃の女子なら、この夏には絶対彼氏がほしい!とか、○○君ともっと仲良くなりた~い!とか、素敵なお嫁さんになりたい!とか、あるだろ?ほら、年相応の願い事っていうか、お前自身の事で・・・」

『だって、俺たちのこれってデートだよね?デートじゃねえって言っちゃったけど、紛うことなきデートだよね!ま、確かに、こんな鈍い女に惚れて、惚れたことをちゃんと告げずに、周りの応援と暗黙の了解みたいなもの?以心伝心みたいなもの?に甘えて、ずるずる、のらりくらりとけじめをつけていない俺も悪いっちゃあ、悪い。悪いけれども、けじめなさい!とか、言葉で言ってくれなきゃわかんない!ぐらいのそっちからのアプローチもあってもいいんじゃね?たまにはそっち主導でもいいんじゃね?』

「ね?」

人差し指を立て、年相応の女の子の身振り口ぶりを織り交ぜて説明する、銀時のこめかみを変な汗が伝う。
内心、晴太にすらここまで噛んで含ませるようには説明しないぞ!とか、神楽の方がよっぽど察しがいいわ!などと、ぼやきながら。

「ふむ・・・。わっち自身・・・。」

と、細い顎に手を当て、考え込む。

『そうそう』

「・・・以前、言った。」
「は?」
「春でも冬でも、こうしてお前様の隣でたまに毒煙をふかしていられればそれで幸せじゃ・・・と」
「お・・・おう」
「そのお前様は天寿を全うして、孫に囲まれて穏やかに死ぬのじゃろう?」
「あ?」
「それには世界が平和でないとな」
「・・・!!!!!」

な?と、小首をかしげて銀時を見あげ月詠は微笑んだ。
その意味が言ってる自身にわかっているとは思えない。
思えないが、信じられない熱が一瞬で銀時の体を貫いた。
そう、まるで灼熱のマグマが地中から噴き出すように。
銀時は月詠の手を力任せに引っ掴み、猛ダッシュしながら叫んだ。

「そ、そそそそ、それじゃあ、太夫!さ・・・ささささ、早速その孫の親を作りに、レッツ・・・!」




   ☆彡☆彡☆彡





「帰って来ないと思ったら、こんなところで夜明かしアルか」
「酔狂ニモホドガアルナ、コノヤロー」
「・・・まったく、しようのない男だねえ・・・」

夜空に散らばる星屑の数ほど願いを結んだ笹。
その中に苦無をぶっ刺された万事屋の兄ちゃんが発見されたのは翌朝のお話。




☆彡




fin.

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