中華まんやおでんの温みも冬空の下では長時間は続かない。
帰りのバスの時間も気になる。雪はあたりをうっすらと染めた程度で止んだ。このまま朝になれば全てが凍てついてしまうだろう。
月詠はまだまだ空を眺めていたそうだったが、風邪を引かせたとあっては、日輪や百華の部下たちに何を言われるか分かったものではない。
そろそろ帰るか、そう言って銀時はゴミを片付け始めた。その背中に月詠の声が降ってくる。
「銀時。ひとつ訊いてよいか」
ビニール袋を持つ手が止まり、銀時は肩越しに月詠を見上げた。
「・・・な・・・に、かな?」
「さっき、コンビニにいた時、わっちに向かって何か言わなかったか?」
ガラス越しに、店員と話している途中で、ほんの一瞬こっちを見て。
「ん?ああ・・・」
一瞬、考える素振りをして返ってきたのは
「うぜーっ、って」
という答え。
店員がバカにはしゃいじまって話しかけてくるからさ、とゴミをビニール袋に入れながら背中を向けたまま続ける。
「そうか。まあ、そうじゃろうな。こんな日に神社に来るものはいないじゃろうからな」
銀時の答えに、人が溢れかえっていた街中を思い出した。
肩越しにちらりと見た月詠はついさっき銀時が指を這わせた細い顎に指をかけ、納得したように頷いている。
「そんじゃあ、行くか!」
それ以上、追及しない月詠の様子に、銀時は無闇に大きな声を上げて、階段を駆け下りていく。
月詠は黙ったまま、銀時の後を追った。
カッ
長い石段の最後の段から道路に降り立つヒールの音が大きく響く。
月詠は鳥居の下で軽く礼をして、暫く階段の先を名残惜しそうに眺めてから銀時の方へ向き直って言った。
「また、連れてきておくんなまし」
一人で来る自信がないのか、二人で来たいという意味なのか。
何れにしても万事屋への依頼とは違う。彼女のことだ、おそらくそこには何の含みもないのだろう。が、銀時は彼女の中に生まれた微かな変化を感じた。
向かいのコンビニは相変わらず店員以外誰もいない。
月詠は銀時の指先でゆらゆらと揺れるビニール袋を無言で掴んだ。
「?」
「これはわっちが捨ててくる」
笑みを零しながらそう言って、道路を渡ろうと振り向いた彼女の金髪がコンビニの灯りできらりと光る。
彼女の身体を白熱灯の光が包んで、その中に消えていく、溶けてしまう、そんな錯覚をおこしそうな情景だ。
銀時は、急激に焦燥感が湧き上がるのを感じた。胃の腑あたりから、噎せ返るような感情がせり上がってくる。
「月詠!」
呼び止められて振り返ろうとしたその刹那、銀時に腕を掴まれ引き寄せられた。
背中にどんと当たったのは銀時の固い胸板。
次の瞬間、目の前が真っ白になる。
「・・・なっ・・・」
肩に、腰に、銀時の筋肉質な腕が絡みついている。
もがいてみたが、月詠の力などあっさり相殺される。
身動きがとれない。
頰に銀時の髪が触れる。
首筋を熱を持った呼気が這い降りていく。
「・・・ぎっ・・・銀時」
一体、何が起こっているのか、くないをかまえる余裕もない程、月詠は混乱していた。
「銀時っ!」
名を呼ぶも答えはない。ぴったりと貼り付くように接した背中に早鐘のような心臓の音が響くだけだ。月詠を捉える両の腕が何かに怯えるように震えるだけだ。
「銀時、なんなのじゃ」
首投げも肘鉄を食らわすのも頭に過ぎらない。
月詠は仕方なく駄々っ子を鎮めるように胸の前に回る彼の腕に手を添えた。そして、出来るだけ穏やかな声でもう一度尋ねる。
だが、やはり答えはない。
銀時は肩先に顔を埋めたまま、身じろぎ一つしない。
それどころか、拘束が強くなる一方だった。
足元に落ちた紙袋がかさりと音を立てて倒れた。
コンビニの店員が興味深そうに、背伸びをして、こちらを見ている。
店内から漏れだす灯りと切れかけた街路灯の僅かな光だけがある夜の中で銀時の着物の白さがただ眩しい。
凍りつきそうな夜気の中、密着した背中が火照るように熱い。
「嘘だ」
「え?」
「さっき言ったこと。店員にうぜーなんて言ってねえ・・・」
「ならば、なんじゃ」
言ってしまおうか、そうしたら、この女はなんと返すだろう
告げてしまおうか、そうしたら、この女はなんと思うだろう
今までの居心地のいい、束縛も独占もない関係が崩れてしまわないだろうか
迷惑と一蹴されないだろうか
自分と距離を置きはしないだろうか
だけど、こんな風に抱き締めた今、どんなごまかしも通じない
あやふやなまま終わらせるなんてできやしない
銀時は月詠を抱き締める腕に更に力をこめた。
離れないように、彼女がどこにも行かないように。
壊さないように、壊れないように。
大切に、大切に。
深く深く息を吸う。
鼓動が一層速くなる。
そして、ありったけの想いをこめた言葉を降らせた。
「・・だ」
恋降る、星降る 終