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Chapter2;



 


凍りついた空気に乗っ取られたかのようなひのやの座敷で、真ん中に切った囲炉裏の火だけが赤々と燃えていた。

「・・・な、な、なんじゃこれ~~~~~~~~!」

新八の叫び声が通りまで達し、通りすがりの遊興客、吉原の住人などなどが驚いて立ち止まり辺りをキョロキョロと見回す。

「ちょっ!まっ・・・!何が起こった?何があったんだ」

「あ、ああああ、月詠姉が銀さんで、月詠姉が天ぱで、月詠姉がマダオで・・・・、
あわわわわ」

阿鼻叫喚とはこの事だろう。
座敷に敷かれた二組の布団の周りで新八と神楽、晴太が狼狽えまくる。
一人落ち着き払った日輪は興味深そうな面持ちで妹分と吉原の救世主の顔をまじまじと見つめ、にこりと笑った。

「慌てても仕方ないし、ご飯にしよっか。ほら、晴太、お客さんたちの御膳の用意を手伝っておくれ」

神楽が我に返って日輪と晴太の後を追う。

「私も!私も手伝うある!」

「・・・神楽ちゃん、手伝ってくれるのはいいけど、つまみ食いはなしだよ~」

「あ!僕も!僕もお手伝いします!」

穏やかならぬ空気を醸し出す二人と一緒に取り残されたんじゃたまらないとばかりに新八も後を追って廊下に飛び出す。
台所へ消えていく4人のやり取りを聞きながら、座敷に残された銀時と月詠はお互いの顔をじっと睨みつけた。
やがて銀時が月詠の髪をくるくるッと指で巻いて解くと、まとまりのない好き放題跳ねた髪がさらにひどく跳ねる。顔にかかる金髪を首を振って払って、銀時はにやりと笑った。
顔を真っ赤に上気させた月詠が、ぎりッと奥歯を噛みしめてから、何かを思いついたようにくんくんと着流しの袖のにおいを嗅ぐ。その後、うえ~っと舌を出し、白目を剥いて、鼻をつまんで手団扇で仰ぐ仕草をした。

「「・・・・・ふんっ!」」

膳を運んできた4人が見つけたのは座敷のあっちとこっちに背中を向けて座る二人の姿だった。

 

*

 

 

 

 

 

布団を片付けた囲炉裏の横に並べられた日輪手製の夕食を、とりあえずは腹ごしらえと言わんばかりに黙々と平らげながら、新八が

「それにしても何でこんなことに・・・」

と、胡坐を組んで食事をがっつく月詠姿の銀時を呆れ顔で眺める。

「銀時!」

「・・・んあ?なに・・・?」

「胡坐をやめなんし・・・。で、もう少し落ち着いて食事しなんし」

「ああ?めんどくせえ、いいじゃねえの、みんな事情が分かってるんだし」

「そういう問題ではないわ。わっちの姿でそんな品性の欠片もない食事の仕方をされたくないんじゃ!それから食べ過ぎるな・・・いざという時身動きが取れぬ」

「そんじゃ、言わせてもらいますけど」

「なんじゃ」

「お前も銀さんなら銀さんらしくがっつり飯食え。小食だか何だか知らねえが、そんなちまちま食ってたら身が持たねえ」

「・・・う・・・うるさい」

いちいちお互いのやることなすことが気に障り、いちいちダメ出しをするから、食事も穏やかに進まない。
ぶつくさと文句を言いながら料理を口に運ぶ二人に日輪は呆れて、癇癪を起こした。

「ああ!もう、そんな文句言いながら食べたっておいしくないだろ?折角、腕によりをかけて作ったのに!晴太、二人の下げとくれっ!」

「え?あ!ちょっと待って日輪さん!美味しいよ!美味しくいただいてますよ!・・・こらっ、晴太‼下げるな!まだ食ってるって!」

「・・・二人とも、なっちまったことは仕方ないんだから、元に戻る方法と、戻るまでどうやって暮らすかを考えな」

「・・・は・・はい。」

正論でぴしゃりと叱責されては返す言葉もない。二人はしょんぼりと肩を落として、ぼそぼそと茶碗に盛られた飯粒を口に運び始めた。

「・・・で。何か心当たりはないのかい」

「うん」

「わっちにも皆目見当がつかぬ・・・」

「どうせこのマダオが道端に落ちてるもんでも拾い食いしたんじゃないかね。全く、だからあれほど拾い食いはダメだって口酸っぱくして言ってるある・・・」

おひつからダイレクト飯をしながら、神楽が箸で銀時を指差す。

「大体、銀さんは土方さんになったり、女の子になったり性根がふわふわてるから簡単に中身が入れ替わるんですよ」

眼鏡をくいッと上げつつ新八がやれやれと、ため息をつくのと同時に座敷内にまた重苦しい空気が漂いはじめる。

「何が原因でこうなったかわからないんじゃあ、元に戻るきっかけも分からない。それじゃ、別々に暮らすのも不便よね」

「「「・・・そうだね」」」

「そうだな」

「そうじゃな」

重苦しい空気を払拭するために、日輪が勤めて明るく発した一言だが、その一言が何気なさすぎて、誰一人疑問に思わないのか、拾い損ねた流しそうめんのように淀みなく流れていく。

「「「「「・・・・・ん?」」」」」

ずずっとお茶をすする音、相変わらずおひつからダイレクト飯をかっこむ手、ポリポリとたくあんを咀嚼する音がぴたりと止まる。

「日輪、今、なんて・・・」

「え?」

かつて吉原に君臨した笑顔を満面に浮かべて日輪が言い放つ。

「だから・・・、事情を知らない人たちの手前、元に戻るまではふりをして暮らさなきゃだけど、いつ戻るかわからないなら離れて暮らすのは不合理でしょ?吉原かかぶき町か、どちらかより安全な場所に一緒にいるしかないじゃないの」

「「はああああああ?」」

「・・・まあ」

銀時と月詠の驚愕をよそに、日輪は楽しそうに元通り計画を話し続ける。

「頭を打ったのは百華の子たちも知ってるわけだから、検査入院が必要だから月詠は不在、という事にしておいてを万事屋さんで面倒見て貰う方がどちらかというと無理がないわよね」

「・・・ちょ・・・ちょっと、日輪さん!?」

「日輪、何を言っておるんじゃ。わっちが吉原から離れるわけにはいかぬ!」

「ツッキー!うちに来るある!その方が私も楽しいアル!」

「おめえが楽しいとか楽しくないって話じゃないの!」

「ぶーーーーーっ」

「じゃあ、別々に暮らして、あんた、かぶき町でちゃんと銀さんができるの?」

「・・・う」

「・・・そうある!銀ちゃんにだって、ツッキーの振りなんて無理ある!・・・やっぱりツッキーがうちに来るある!」

「そうですね。二人とも腕は確かだけど、扱う獲物が違うし。銀さんは変な所器用だから、品のなさは頭ぶつけた後遺症とでもいえば、百華の皆さんも暫くは誤魔化せるかもしれないですよね。・・・けど、月詠さんに銀さんは・・・」

「・・・無理でしょ」

「無理ある」

「無理だよねえ」

「無理ですね」

「・・・な、なんじゃ、みんなして!わっちだってやろうと思えば、銀時の真似ぐらい・・・。ほれっ」

月詠は真っ赤になりながら、おもむろに仁王立ちになると、股間を掻き毟って、鼻をほじり、出てきた獲物に眉間に皺を寄せて睨んではぴんっと空中に弾き飛ばした。

「いやいやいや、それは違う、違います。月詠さん。鼻ほじって股間掻きむしっても、成り切れてないです」

「いやだよ、俺!月詠姉がそんなになるの!」

「・・・おめえら!さっきから黙って聞いていれば言いたい放題言いやがって!月詠!てめえもだ、中途半端なことしてっからガキどもにダメ出しされるんだ、やるならガッ!と行けガッ!と」

銀時がこうだ!と言わんばかりに月詠の鼻に指を突っ込んで、股間を思いっきり鷲掴んだ。

「・・・あ・・・」

じわっと額に汗が浮かび上がる。
勢いに任せて掴んだそこには当然あるべきものが、

「・・・ない・・・・・・」

周りも一瞬にして凍り付く。
銀時はくないかジャーマンスープレックスを食らうと身構えたが、月詠の獲物は月詠の着物の下に仕込まれている。飛んでくるはずはない。
過去のToらぶる案件のように体が触れたわけではないのでジャーマンもしかけられない。

『触ったのに、触ってないなんて変な感じ・・・』

などと、呑気な感想を噛みしめつつ、藍色の袂の隙間から、鬼の形相になっているだろう月詠の様子を恐る恐る見ると、月詠は意外や驚くほど冷静な顔をして突っ立っていた。
そして、おもむろに踵を返し、廊下に向かって歩いていく。

「・・・つ・・・月詠さん?どこに行かれるんですか?」

立ち止まった月詠は振り返りもせず答えた。

「トイレ・・・」

「・・・あ、そう」

な~んだ、トイレか驚かすないっ・・・、と、ほっと胸を撫で下ろすも、はたととんでもないことに気がついた。

「・・・・・・・ちょっと待ったあああああああっっっっっ!!!!!」

ずざざざっと激しい摩擦音を立てて、月詠の前に銀時が立ちふさがる。

「なんじゃ?」

「なんじゃ?、じゃないです~~~~~。何、ふつ~~~~にトイレ行こうとしてるの、何、しれっとトイレ行こうとしてるの?」

「いや、だって、おしっこしたいし」

「そのおしっこしたいのは俺の体でしょ?銀さんの生理現象でしょ?やめて、中身ツッキーでおしっこするのやめて」

「・・・そうは言っても我慢しとったら膀胱炎になるぞ。何じゃ?恥ずかしいのか?見られては恥ずかしいモノでもついておるのか?」

にやりと笑った口元が冷たい。触った瞬間に冷凍マグロになって築地に陸揚げされそうに冷たい。が、そこで怯んでいるわけにはいかないと、銀時は必死で月詠に食い下がる。

「ああっ!?恥ずかしいのはそっちだろ?」

「べ~つに」

と、笑った顔は銀時でもまさに死神の笑顔で、脳天から雷に射抜かれたような衝撃が走る。

「これでもわっちは吉原の女じゃ。お〇松くんなら、立ちションする酔っ払いや晴太ので見慣れておる」

「銀さんのぎんぎんさんをお〇松呼ばわりイイイイイ?挙句、晴太のと一緒くた?酔っぱらいの汚ねえ〇〇〇と同列?失礼極まりないぞ!コラ!見てもいないのにテキトーぬかすんじゃねえ!」

「そうだよ、月詠姉!どさくさに紛れて俺のまでお粗末呼ばわりはひどいよ!」

「さっき、掻き毟った感じでは大して変わりはないと思うがの・・・」

「んだと?こらあ・・・・」

「ツッキーの言うとおりね。銀ちゃんの〇〇〇なんかボックスドライバーかカナズチになるしか能がないアル。見栄張ってるだけアルよ」

「じゃろ?つべこべぬかすな、男なら腹を括れ」

「お・・・お前、扱い方わかるのかよ?」

「見くびるな。伊達に月雄で生活しとったわけではないわ。まして、ボックスドライバーごとき、けん玉のように扱ってくれよう」

「止めて、銀さんのぎんぎんさんでけん玉しないで!」

「半端してないで、ガッと行けと言ったのはぬしじゃろう。じゃあ、どうすればよいのじゃ。泌尿器科でも行ってカテーテルでも入れてもらうか?美人の泌尿器科医を知っておるから、紹介するぞ?」

「いや、そういうんじゃなくて!・・・美人の泌尿器科医は美味しいけど、そうじゃなくて!あああああっ!わかったわ!行けばいいじゃない、トイレ!すればいいじゃない、おしっこ!その代わり、俺も行く」

「は?」

「「「「え?」」」」

「銀さん、それはどういう」

「男と女でツレションなんて聞いたことないよお」

「心配だからに決まってるじゃねえか。ちゃんと丁寧に扱ってるか監視する」

「・・・え・・・・と・・・」

「・・・ばかかぬしは!それこそやめろ!わっちにナニを見せるつもりじゃ!」

「ナニも何も、ナニだよ!だって、この中身は俺なんだから、俺が俺の俺を見て何がいけないんですかあ?」

「中身はぬしでも身体はわっちじゃ!わっちの目が見るのじゃろうが!わっちの網膜になんつうものを映すつもりじゃ!汚らわしいっ!」

「け、汚らわしいっ?け、け、け、け、汚らわしいですとお!?汚らわしいとはなんだ!汚らわしいとはどういう意味だ!その汚らわしいもので、よがり声あ・・・」

「銀さん!!!」

「あ、えと、・・・まあ、兎に角だ!じゃあ、お前はどうなんだよ。俺がひとりでトイレ行って平気か?」

「・・・ふ、ふふふ。・・・膀胱炎になるよりましじゃ」

「はあ?!銀さんってば膀胱炎以下?スッゲー、腹立つ」

明けない夜はないと言ったのはシェイクスピアだったか、銀時と月詠の罵り合いは明けない夜もあるのではないかと不安になるほどにエンドレスの様子を呈していた。

「・・・トイレも問題だけどさ・・・」

黙って2人の掛け合い罵詈雑言を聞いていた日輪が深いため息と共に問いかける。

「お風呂はどうするんだい・・・?」

問われた二人は、ぎぎぎぎ・・・・・と、錆び付いた歯車のような音を立てて、日輪の顔をまじまじと見つめた。

「「・・・はい・・・?」」

顔面蒼白、見るからに気持ちの悪い汗がだらだらと垂れている。
日輪は相変わらずにこにこと笑みを絶やさず、壊れかけたからくり人形のような二人を見つめ、ねっ?と小首を傾げて念を押した。
ぎぎぎぎぎ・・・。
首を戻して、ま正面からお互いの蒼褪めた顔を見据る。
こめかみに血管が浮いて、ひくひくと脈打っている。勢い任せて掴み合った手にもくっきりと血管が浮いて、ぶるぶる震えている。血走った眼で睨みつける相手は自分自身だ。唐突に力が抜けて、二人は座敷の入り口にへたり込み、力なく笑い始めた。

「・・・はは・・・、ははははっ」

「ふふふ・・・・・」

「・・・で、どうするの?」

ダメ押しの日輪の一言。



「「・・・・・い・・・一緒に入りますううううううう!!!!!」」





to be continued...

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