Chapter3;俺が卵であいつが醤油で
空は日本晴。雲一つなく、青い青い空がどこまでも続いていた。
「・・・どうでした?」
「元に戻る方法分かったあるか?」
待合ロビーの硬い椅子に長時間座り続け、いい加減尻が痛くなってきていた新八たちはほっと息をついて、会計を終えた銀時と月詠に駆け寄ると矢継ぎ早に質問を浴びせる。
空は気持ちよく晴れ渡っている。なのに、今にも降りだしそうなどんよりした雲が二人の頭上を覆っていた。
「・・・頭は異常ないそうじゃ。・・・ただ、こいつが・・・」
月詠が自分の身体を忌々しそうに指差して続ける。
「少々、貧血気味だそうじゃから、帰ったらレバニラでもたんと食べさせてやってくれ」
「「貧血?」」
元々、蒼いと言ってもいいほどの色白の月詠本体ではあるが、健康には日輪が気を付けてくれているので、貧血など起こしたことがない。それなのに肝心の頭部には何の異常もないのに、血液検査の結果、
「少し貧血ですね~。この程度なら食事で改善しますから鉄分の多いものを心がけて食べてくださいね」
と、にこやかに言われたと銀時から聞かされた。手には「貧血を防ぐには」と描かれたパンフを握りしめている。
「貧血などなったことがないのに」
月詠は機嫌の悪そうな顔で、腕を組んだ。
「なんでまた・・・」
不思議そうに眉間に皺の寄ったぱっちり眼の銀時とどんより感の増した死んだ魚眼の月詠を交互に見比べる。
「・・・アレじゃ、昨夜の・・・」
月詠が言いかけて、新八神楽ははたと目を合わせた。
___風呂
トイレ問題ですったもんだした挙句、風呂はどうするんだと日輪に聞かれ、一緒に入る!と言ってしまった手前、一緒に入るには入った。銀時は一晩ぐらい入らなくても死にゃしねえ…と、ラッキーなのかアンラッキーなのかわからない「一緒にお風呂」事態を何とか回避しようとしたが、加齢臭の気になる月詠が譲らなかった。
「何、お前、そんなに俺と風呂に入りたい?」
「勘違いをするな。貴様の加齢臭が耐えられないのと、わっちの身体に貴様のにおいが移るのが嫌だからじゃ」
にやりと笑う月詠にくないの代わりに銀時は座布団を投げつけた。
銀時は目隠しをして、身体も髪も月詠が洗うという条件での混浴。
月雄で慣れていると大見得切ったはいいものの、本来おぼこの月詠はほぼてんぱりMaxで二人分の身体と髪を洗ってのぼせ気味、ようやく終わりかけたところで銀時の目隠しが外れた。月詠の一糸纏わぬ姿を浴室の湯気の中とは言え、まともに、しかも至近距離で目の当たりにした銀時は、途端に大量の鼻血を噴き出し、ぶっ倒れた。
月詠の叫び声に新八たちが慌てて風呂場に駆け付けると、そこには凄惨な殺戮現場のような風景が広がっていた。
「普段、僕のこと童貞だ、チェリーだとバカにしてくれちゃってますが、銀さんも結構なおぼこじゃないですか」
大量の血に染まったバスタオルを片付けながら、ティッシュを鼻に突っ込んだまま脱衣場でひっくり返っている銀時に新八が冷たい視線を投げかける。
「う・・・うるせえ・・・。月詠がちんたら時間かけやがるからのぼせただけだ。銀さんだからこれで済んだんだからね。チェリー君のお前なら失血死だからね」
鼻に氷嚢が乗っかっているからか、くぐもった、弱々しい声で、しかし、精一杯の虚勢をはるが、悲しいかな動揺は隠しきれない。
『・・・し・・・心臓に悪い。色々想像し過ぎて、めっちゃ心臓に悪い。・・・こんな生活身が持たねえ・・・。どんだけ血があっても足りねえ・・・』
大量に噴出したわりに、というか噴き出し切ったからか、鼻血が止まるのは意外に早かったが、逆に動悸は激しくなる一方だった。
「・・・ああ、お風呂場で大量の鼻血を噴き出したんで一時的な貧血ですか?」
「そうらしい」
「情けないあるね~」
「・・・お、おまえら!他人事だと思って・・・」
「いや、他人事ではありんせん。わっちの身体、わっちの健康じゃ。気をつけてもらわねば困る」
苦々しく呟く月詠の顔を眺めて、銀時ははあ、とため息をついた。
「それにしても、やっぱり解決策はないんですか」
「・・・あればなんとかしてるよ」
「それならもう頼るのはあそこしかないですね」
「あそこ?・・・ええ?それはやめよう」
「だけど、銀さん。毎度のことながら、こんなわけの分からない現象はやっぱり頼るのはあそこしかないですよ」
あそことはどこじゃ?と尋ねる月詠の声が耳に入らないわけではないだろうに、銀時と新八神楽は苦々しい顔で腕を組む。
医療でなんともならないなら、陰陽師に祓ってもらうか、とふと思ったりもしたが、悪霊が憑いているわけではない。そもそも、憑いていると言うより入れ替わっているのだし、憑かれたにしたって月詠を祓うわけには
『・・・いかねぇよ』
憮然と隣に佇む月詠の顔を見てもそこには己の顔がある。見慣れた、やる気のない顔ではない。顔色は少し蒼褪めているが、眩しいばかりに晴れ上がった空の色をキラキラと撥ね返す瞳がびっくりするほど透明だ。
「仕方ねぇ。気は進まねえが行ってみるか・・・」
手にした貧血防止のパンフをクシャッと丸めて、銀時は門に向かって歩き始めた。
*
がががががっ
_源外庵
月詠が連れて行かれたのはかぶき町のはずれにある工場だった。看板に書かれた名とは裏腹に侘びもなければ寂もない、大きく開け放たれた出入り口から喧しい金属音が通りへ漏れ出る場所だった。
「じじいっ!」
「・・・おお、おそろいで何事だ?」
ゴーグルの中の小さな目をしばたたかせて、源外が振り返った。手には何に使うかわからない工具が握りしめられている。
歯の抜けた口をにかっと大きくあけて、万事屋一行と月詠を工場内に迎え入れた源外は
「・・・ん?」
と、首を傾げて銀時の顔をまじまじと眺める。身長差がありすぎて、顔を間近で見ることはできないまでも、流石に違和感を覚えずにはいられないらしい。目いっぱい背伸びをして、銀時の顔をじろじろと観察している。
見られている銀時は心持が悪いのか、じりじりと後退していく。中身は月詠なので致し方ない。
「銀の字・・・お前、どこか悪いのか?」
十二分に観察した挙句、源外が発したのは体調でも悪いのかという問いだ。
「・・・いや、えと・・・」
何をどう話せばいいものかわからない月詠は傍で様子を眺めている銀時たちに縋るような視線を投げた。
「源外さん、実は・・・」
見かねた新八が助け船を出し、これこれかくかくしかじかで…と、昨日からの成り行きを説明した。
「はあ?また、面倒なことに巻き込まれちまってるのかい、あんた。懲りないねえ・・・。という事は・・・銀の字の中身がこの別嬪さんで、こっちの別嬪さんの中身が銀の字ってことかい?」
言いながら、今度は月詠を頭のてっぺんからつま先まで何往復もしながら、しげしげと見つめた。
「・・・なるほどいい女だ。惚れ惚れするねえ。銀の字のせいで、目がどんよりしてるのがいただけないが、その代わり、銀の字本体は見たこともないような男っぷりになってるってなあ、本来、この別嬪さんがそういう御仁ってことだな・・」
丸い顎を擦り擦り、銀時と月詠を交互に見比べていたが、やがて月詠にすり寄ると大きい鼻がさらに大きくかっ開いた。
「別嬪さんは匂いもいいねえ。銀の字ぃぃぃぃぃ・・・」
「・・・な・・・なんだよ、じじい。気持ち悪ぃ・・・」
「分かるよ~。気持ちは分かる。老いたとはいえ俺も男だ、こんな別嬪さんと懇意になれたなら、色々、期待も膨らむわな」
「は?」
「いや、だが、これはどうだろうなあ・・・いくら、なんでも、これはどうだろう」
「・・・一体何が言いてえ」
「・・・この・・・、す け べ」
にやにやと笑いながら銀時を肘で突っつく源外に銀時は声を荒げた。
「・・・な!何考えてんだ!このハゲ!スケベって何?スケベってどういうこと?」
「・・・どういうことも何も・・・。まあ、手っ取り早いっちゃあ、手っ取り早いね。なかなかな方法を思いついたな」
「はあ?何言ってんのかわかんね~んだけど?」
にやりと笑った源外は、ちょいちょいと掌をひらめかせて銀時にしゃがむように促すと、耳元にこしょこしょと何かを吹き込んだ。
「・・・・・な・・・・ななな、何考えてんだ、このエロ爺!スケベも何も、スケベなことなんかなんもできやしね~よ!こんなもん俺の身体を人質に取られてるのとかわりゃしねえ!」
災厄以外の何ものでもないこの事態の何がスケベなのかおぼこの月詠には皆目見当もつかないが人質に取られてるといわれては黙っちゃいられない。
「それはこっちの台詞じゃ!」と、間にわって入ろうとしたが流石に新八が止めた。
「月詠さん、今はそれどころじゃないですから。源外さんも余計なこと言って話をややこしくしないでください」
「・・・すまん。すまん。で、そんな状態で俺んち訪ねてきたってことは」
「まさにそれ。元に戻すマシン作って」
それしかないだろうと言う答えではある。からくりオタクと言ってもいい源外なら喜び勇んで承知するものだと踏んでいた銀時たちの思惑とは逆に源外は肩を落として、そんなものが簡単に作れると思うのか?と返した。
「前、作ってたじゃん」
「あれは不具合がありすぎだったろうが」
「それを改良するのが江戸一番のからくり技師だろうが」
「・・・なんのことじゃ?」
じじいと銀時たちの言い合いを黙って聞いていた月詠が問いだすので、いや、卵かけご飯製造機が・・・とまたまた新八が斯く斯く然々と説明すると、月詠は驚いて素っ頓狂な声をあげた。
「間違って卵かけご飯などにされたら元に戻るどころではないでありんす!」
月詠は昨晩、鼻血を噴き出した後の銀時ばりに真っ青になって抗議する。新八と神楽が落ち着いて、落ち着くある、と荒ぶる月詠の肩を押さえた。
「これが落ち着いていられるか!ぬしらの言うそのマシンとやらは卵としょうゆを合体させてご飯にかけるのじゃろ?入れ替わった器から本体を抽出するまでは良い。合体させて別物にしてどうするのじゃ。わっちらは合体したいのではない。離れたいのじゃ!分れて元に戻りたいのじゃ!」
月詠の的確な指摘に万事屋一行はぐっと言葉を詰まらせる。
「別嬪さんの言うとおりだ。過程と目的が違うぞ、おまえら」
源外が呆れたように溜息をつくが、今、頼れるのはここしかないんです、と、新八が耳打ちをする。源外は、仕方ねえ、ただ期待すんなとだけ言って、作業に戻った。
*
抜けるような空の下、とぼとぼと家路につく万事屋一行と月詠の頭上にだけ、雨柱が立つような雲が漂っていた。
どの顔も暗く、俯いて、会話も交わさない。口から出るのは溜息ばかりだった。
スナックお登勢の外階段を足取りも重く上がっていく。
「ただいま・・・」
からからっと玄関の硝子戸を開ける。途端、一番先に玄関に足を踏み入れた銀時が振り向いて月詠に向かって叫んだ。
「月詠!避けろっ!」
月詠はなんのことか分からず、呆然と立ち尽くした。
「お帰りなさ~~~~~~~~い!ダ~~~~~~~~~~~リン!」
次の瞬間、聞き覚えのある声が頭上から降ってきて、目の前が藤色の髪で覆われると同時に、銀時の声が、万事屋の玄関先に響いた。
「ぶん投げろ!俺~~~~~~~~~~~~!」
to be continued...