top of page

雷が鳴ったらへそを隠せっていうけど

 幽霊が出たらどこを隠せばいいかは誰もいわない

「吉原桃源郷夏祭り?」

社長机の上に足を投げ出したまま、銀時は電話口に向かって鸚鵡返しにそういった。
電話の相手が黙って頷いているのがわかる。うんともすんとも声が返ってこないからだ。
ということは、電話の主もこの事態をあまり歓迎していないということなのだろう。その沈黙が物語っていた。

「で?」

「日輪が招待したいのじゃそうじゃ」

「ふーん」

日輪の招待と聞けば断る理由はない。吉原を二度もその窮地から救って依頼、吉原=タダ酒、タダ飯という方程式はきっちり銀時の脳内に出来上がっている。

「ガキどもも一緒?」

「勿論じゃ。定春も連れてきなんし」

万事屋の巨大ペット・定春はナゼか月詠に懐き、月詠も猫可愛がる。白いもふもふならこっちにもあるのにとは言えない銀時はどこか釈然としない気持ちを呑み込んで「おう」と返した。

日輪という女は賑やかなことが好きなのだろうか。単純に商才に長けているだけなのだろうか。地上との行き来がしやすくなってから何かとイベントを企画しては吉原を盛り立てようとする。その度にお呼ばれしている万事屋としては異論を挟む先などないのだけれど。

___夏祭りねぇ・・・

夏が過ぎれば秋。冬には地上も沸き立つクリスマスという一大イベントがある。その度毎に、日輪は色々と企画するのだろう。そして、その度毎に月詠が連絡係として電話を寄越す。

___ま、いっか

置いた受話器を眺めつつ、銀時は耳に残る月詠の声を子守唄変りに昼寝と決め込んだ。





🎋 🎋 🎋





開催当日、意気揚々と吉原に乗り込んだ万事屋一行。
子供たちは既に大はしゃぎであっちの屋台、こっちの催しに首を突っ込み、イカ焼きやたこ焼き、水風船などで両手が一杯だ。
提灯や行灯はいつもの淫靡な色ではなく、一般的な夏祭り仕様に変えられていた。所々に立てられた笹飾りや吹き流しも上空からの湿っぽい風に身を膨らませつつ、申し訳程度の涼しげな音をたてている。
頬を撫でる生暖かい風を感じながら、子供たちが運んでくる屋台メニューをつまらなそうに口に運び、銀時はひのやの店先で見るともなしに街の様子を見ている。

「銀ちゃん!」

口に何を頬張っているのかほっぺたをぱんぱんに膨らませた神楽が銀時の前に仁王立ちになった。

「あっちにお化け屋敷あるアル!」

口に物を入れたまま喋るなと普段からしつこい位にいわれているからか、神楽は頬張ったものをゴックンと飲み下してから嬉しそうに叫んだ。

「はあ?」

その隣で晴太も期待に胸膨らませ、頬を上気させて銀時を凝視している。

「何いってんのおまえ」

「お化け屋敷アル!大人が一緒じゃないと入れてくれないアル!」

「はあ? 」

招待すると言うから子供たちと定春まで連れて出向いてみれば、日輪は店が忙しく、一言挨拶しただけで奥に引っ込んだまま。月詠は挨拶どころか顔も出さない不愛想。いかだタコだと走り回る子供たちを眺めつつ、店先の床几にぽつねんと放置プレイの挙句、

___お化け屋敷たぁ、何の嫌がらせだっ!

憤懣やる方ないまま、新八を見ると、新八らしい冴えない表情で神楽たちのテンションアゲアゲの訳を説明し始める。

「無料なんですけどね。場所が場所だけに、何かあってからでは遅いから大人同伴じゃないと入れてもらえないんです」

場所が場所___
鳳仙の支配から抜け出したとはいえ、相変わらず怪しげな天人がうろついている。軽重に関わらず犯罪の温床となりがちなのも変わらない。そんな場所にある密閉空間に子供だけで入場させるわけにはいかないとの運営の方針らしい。

「だったら行かなきゃいーだろーが」

金魚すくいでも、射的でも、遊ぶものはいくらでもある。事も無げにそういうと、神楽と晴太は口を尖らせて、ブーイングを始めた。

「あーーーー!うるせーうるせー、だめなもんはしょうがねぇだろ」

「ダメじゃないアル!大人と一緒なら入れるアル!」

「だ~か~ら~、そんな制限付きの遊びしなくていいんです~。子供は子供らしく、金魚でも掬って、輪っかでも投げてなさ~い!」

「「え~~~~~!!!!!」」

言い出したら聞かないのはお互い様で、行きたい、ダメだの応酬となる。これを止められるのは月詠しかいないのだが、如何せん、今日はその月詠の姿を全く見かけない。

「何を騒いでおるのじゃ? 」

振り替えると人を呼んでおいて顔も出さない月詠がそこに立っていた。
超絶機嫌斜めの神楽の顔が、まるで、正義の味方が現れたようにぱあっと輝く。

「ツッキー!!!」

「よく来たな、神楽。楽しんでおるか?」

「ツッキー、向こうでお化け屋敷やってるアル!銀ちゃんに連れてってってお願いしてるのに、連れてってくれないアルよ!」

味方を得たとばかりに月詠に抱き着き、銀時への苦情を申し立てる。

「神楽っ!てめぇ!」

「お化け屋敷?」

「そうアル」

「・・・ああ、確かに、使わなくなった遊郭をお化け屋敷にしようと部下たちが張り切っておったな。・・・なんじゃ、銀時、お化け屋敷が怖いのか?」

「はあ!全っ然、怖かねーし、作りもんのお化けなんか怖くねーし!」

「だったら連れてってやりなんし」

「連れてってやりなんし。っておまえ!」

「なんじゃ」

「人を呼ぶだけ呼んどいて、おもてなしもなしとはどういう了見だよ?」

「別にわっちがもてなさんでも今日の祭りは万事屋御一行様フリーパスじゃ。好きに遊んでくればよい。わっちは防災防犯の職務が忙しい」

___あ、それでか

人を呼んでおいて、顔も出さない女にイラついていたが、このワーカーホリックならそれも納得・・・

「・・・じゃねえ!」

「なんじゃ!」

「お前、(俺より仕事をとった)罰としてお化け屋敷同伴決定!」

「はあ?罰って、何の罰じゃ!わっちは忙しいと言っておるじゃろうが!」

「あ?もしかして怖い?泣く子も黙る死神太夫もお化け怖い?」

「怖いわけあるか!あんなものは全て作り物じゃ!」

「じゃあ、平気じゃん!同伴問題なしじゃん!」

「そんなこと言って、実はぬしが怖いのではないか?白夜叉殿は存外びびりなのではないか?連れて行くんじゃなくて、ついて来てほしいのではないか?」

はは~んと、全て察した顔で月詠は細く煙を吐いた。

「だ、誰も怖くねーし!びびってねーし!」

「ほんとか?」

「ああ!疑ってんなら、行ってやんよ!連れてってやんよ!ただし、お前ら、作りものだからって舐めてかかんじゃねえぞ・・・」

「は?」

「本物もああいうところ、暗くて、狭いところ大好きだからね。陰々鬱々とした空気が滞ってる場所に集まって来るからね。作りものだと思ってたら、本物だった!連れて来てもらったのに本物が憑いてきちゃった!って後で泣いたって俺知らないからね・・・って、おい!」

「グダグダ言ってないで、行くアル」

「おい!コラ!待て!・・・待ちやがれ!」

「早く来ないと、先に入っちゃうあるよ~~~!」

「え~~~~~!ちょっと、待て!待てって言ってんだろ、こら!待ちなさい、こら!連れてけって言ったのおめえらだろうがああああああ!・・・待ってえええええ!」

神楽と晴太に手を引っ張られ既に遥か彼方の月詠を追って、銀時は走った。





👻 👻 👻





「おい・・・」

「な・・・なに?」

「なんで、わっちの後ろに隠れておるのじゃ」

神楽、晴太を先頭に、新八、月詠、銀時の順で進むお化け屋敷内部は、伝統的なお化け屋敷を踏襲してはいるものの、よくある作り物感満載過ぎて逆に笑っちゃうお化け屋敷とは全く違った。百華の面々が力を振り絞って作り上げたのがよくわかる。
無駄にリアルで、作り物感が全くない。
進行方向の奥で悲鳴が木霊しているのも臨場感と恐怖を増幅させるにはもってこいだ。

___こんなところで無駄な才能発揮させてんじゃね~

見知った月詠の部下たちの顔を思い浮かべて、銀時は声にならない悪態をついた。

「・・・っか・・・隠れてねーしっ!お前らの安全を確保してるだけだし!俺はただ、勤めてるだけだ、お前らのしんがりをををををを!」

「そんなこと言って、実は怖いのじゃろう?」

「しつこいね!怖くね~っつってんだろ!ってか、何?太夫の部下たち!なんでこんなところでやけにリアルなお化け作ってんの?」

「・・・まあ」

銀時の抗議めいた言葉に月詠は辺りを見回して、ふっと息を吐く。

「張り切っておるなあとは思っておったが、ここまでとは思わなんだ。微に入り細に入り、よく作ったものじゃ」

進行を阻むようにわさわさと覆いかぶさって来る柳の枝を眺めながら、月詠は誇らしげに微笑んだ。

「何感心してんの!上司たるもの部下がやってることも把握しておくのも仕事でしょ~が!」

「時には自由にやらせて、部下の成長を見守ることも必要でありんす」

「俺が言いたいのはそこじゃなくて・・・いや、こんなところでリーダー論戦わせる気ねぇ・・・」

ガタッ

まさかのお化け屋敷内でのリーダー論争が始まるか否かのタイミングで銀時の頭上の天井板が落ちて、そこから、白骨が顔を出す。ぶら~んとさがる骸骨もまるで墓から掘り起こしてきたようにリアルだ。

「・・・っ!」

息を引き込むような声を発して銀時は月詠にしがみついた。その指先は肩に食い込むほどに力がこもっている。

「誰にも言わぬから、怖いなら、怖いと素直に認めなんし」

うなじに銀時の髪がさわさわと触れるのを擽ったく感じながら、月詠はふ~っと煙を吐いた。

「・・・」

「なんじゃ?」

「・・・あのさア、お前って見えないタイプ?」

「は?」

「だから・・・」

「・・・?ああ・・・、そうじゃの、見たことはないな。ぬしは見えるのか?」

「そうだよ。だから嫌なんだよ!」

「何か悪さをしてくるのか?」

「何にもしてこねえから逆に嫌なの。じっとそこに立って、恨めしそ~にこっち見てるだけだから嫌なの!何か悪さするなら、ぶった斬ってるよ!ぶった斬ってなんとかなるならとっくにしてるって! 」

「心当たりでもあるのか?」

「・・・あ・・・あるわけねえだろ!」

「そうか、難儀じゃのう・・・」

必死の形相で訴える銀時を、少しだけかわいそうに・・・と思いながら、ふと背後を振り返ると、銀時の白いモフモフのボリュームがアップして見える。

___怖いから毛が逆立っているのか・・・?猫みたいじゃのう・・・

と、思いつつ、じっと見つめる。
すると、白いもふもふと思っていたものはもふもふではなくもやもやで、銀時の背後でもやもやと動いているのだとわかった。たとえるならそう、湖面に沸き立つ朝靄のようにゆらりゆらりと緩慢に動いている。ところが、月詠が澄んだ瞳でじっと見つめると、そいつはたじっとその動きを止めた。
そして、まるで意思があるもののようにそいつもこっちを見返している・・・ような気配がする。

「なに?」

銀時の背後をじっと見つめる月詠にいぶかしそうに眉間を顰めると

「・・・いや、気のせいかぬしの髪がボリュームアップしているように見えるのじゃ。そんなに毛を逆立てるほど怖いのか?」

「え?別に逆立つほどではないけど・・・今のところ・・・(お前もいるし)・・・!」

「・・・?」

「そういえば、さっきから何となく背中がひんやり・・・」

「言われてみれば、少しエアコンが効きすぎているようじゃが・・・銀時、息が白いぞ」

「・・・お前だって」

「あ?」

「・・・な・・・なな、ななな・・・何?あ?って・・・。何、見てんの?何、空中を凝視してるの?お前見えねえって言ったよね。見たことないって言ったよね?」

「今まではな。でも、見えっちゃってるかも。初めて見たかも。いや、見たことがないからこれがそれなのかはわかりんせん。銀時、ちょっと見てみてくんなんし」

月詠が銀時の顔を両手で挟む。

「ちょ・・・やめ」

銀時の抵抗も聞かず、くいッと首をひねる。

「・・・っぎ・・・ぃやあああああああああああ~~~~~!!!!!」

その瞬間、白夜叉の叫び声が地下都市中に響き渡った。





👻 👻 👻





ふわりふわり

うっすら開けた視界を白いものがふわふわと横切る。

がばっ

起き上がった銀時のかっぴらいた眼が捉えたのは、団扇を手に団栗眼の月詠だった。

「気がつきなんしたか・・・」

きょろきょろと辺りを見回す銀時にそういうと、傍に在った盆を引いて、水の入ったコップを手渡してくれる。

「えと・・・」

コップの水を一気に飲み干して、口を袖で拭いながら周囲に視線を走らせると、そこはどうやら月詠の部屋で、自分は布団に寝かされていたらしい。

「神楽と新八なら泊まるようにいったのじゃが、二人とも明日は約束があるからどうしても帰るといいんしてな。部下を一人つけて送りんした」

「そうか・・・、すまねえ」

「いや」

「で・・・」

「・・・うむ。あれか、ぬしが日頃見ているのは」

「いや、別に日頃からのべつ幕無し見てるわけじゃねえが・・・」

「確かに見えて愉快な代物ではないのぉ」

「だろ?・・・で?」

「ああ、ぬしの叫び声にあちらさんも驚いて雲散霧消じゃ。跡形もなく消えなんした」

「あ、そう・・・。だから言ったじゃん。ああいうものをむやみやたらと作るんじゃないって」

「うむ。ああいう輩にとっても居心地が良いのでありんすな・・・。じゃが、部下が一生懸命作ったものじゃ。吉原の呼び物の一つにしようと言う声もありんしての。むやみには壊せぬので、払い屋にでも頼んであの類のものは近づけぬよう結界を張ってもらおうかと思っておる」

「ええ?残すの?」

「あそこは吉原でも最奥じゃ。ぬしは近づかねば良いだけのことじゃ。何なら、ぬしのお祓いも頼もうか?聞いた話じゃが、見えぬようにしてくれる術もあるらしいぞ」

団扇をゆっくりと動かしながら月詠が意味深に笑うので、銀時は布団を抱きしめたまま、フンっとそっぽを向いた。
視界の端で月詠の肩が愉快そうに揺れる。
弱みを握られたようで面白くない。面白くないが、こんな風に月詠が笑うなら、それもいいかとも思った。

ふと気づけば、開け放った窓から、昼間より湿気を帯びた風が吹き込んでくる。

「雨?」

「まだ、降ってはおらぬが、今にも崩れそうじゃ」

窓の外を見やり、答えた月詠の言葉が少し忌々しそうだ。

「・・・?」

「夕餉の支度がしてある。ここで食べなんすか?」

銀時の怪訝な目を遮るようにそう言うと月詠は銀時に風を送っていた団扇を団扇立て戻した。

「お前は?」

「ぬしが気がつくまで待っておりんした」

「わりいな」

「いや。一本つけるか?」

「お・・・いいね。」

「では、用意をしてくる。少し待ちなんし」

月詠が階下に降りようと、立ち上がろうとした瞬間、窓の外に閃光が走った。

「きゃっ・・・!」

「・・・???」

空の一部はまだ鉄の天井に覆われているせいで、部屋の中まで光が届くことはなかったが、その光の後にごろごろと地鳴りのような音が続いて、いつまでも響いている。それを合図に、一気に空気中の湿気が増し、楼閣の瓦や庭を叩く雨の音がザーッと聞こえてきた。
銀時は狐につままれたような顔で畳に蹲る月詠を見ていた。

___今、きゃって言った?

それは出会ってからこの方、一度も聞いたことのない月詠の声だった。
いつも、冷静沈着で端然としていて、百華の頭領としての自分を崩さない。苦手とか嫌いどころか、嬉しい、楽しいなどの、およそ感情というものを面に出さないからついつい会う度に無愛想だのなんだのと言ってしまう。
けれど、神楽や晴太や、新八や定春と対する時は、年齢相応の女の子らしい表情を覗かせることも知っている。

だから悔しいのだ。

「・・・太夫、もしかして」

「・・・!」

どこか期待を込めたような呼びかけに、月詠が眦を決して、銀時を見上げる。
それ以上言うなと、その紫の瞳は訴えているが、そのまま言うなりになる銀時でもない。

「・・・雷さん、怖い?」

にっと、口の端を上げてそう言うと、月詠の大きな眼はさらに大きく見開かれた。

「・・・だ、誰が、怖いなどと言いんしたか」

「え?でも、今、きゃっ!・・・て」

「いきなりだったんで少し驚いただけであ・・・」

その時、必死に言い訳を紡ぐ月詠の声を遮るように、先ほどとは桁違いの閃光が走り、同時にドンッ!と大音響が鳴り響いた。吉原全体を揺るがすような轟音で、流石の銀時も腰が浮く。地下都市という構造上の特性なのだろうが、鉄の天井や壁、張り巡らされたパイプがその音をさらに増幅し、四方八方でいつまでも反響を繰り返していた。

「こりゃ、どっかに落ちたかな・・・」

と言いつつ、月詠の様子を確認すると、月詠は耳を塞いで畳の上に突っ伏している。
それは童女が雷を怖がるのと何一つ違わぬ様子で、銀時は思わず吹き出しそうになる口を両手で塞いだ。

「・・・月詠?」

声をかけると、びくっと肩をそびやかし、両腕の間から、恨めしそうに銀時を見上げて来る。耳を塞ぐ月詠の手をとると、力を入れすぎて強張っていて、汗でじっとり湿っている。顔を覗けば、紫の瞳はすっかり濡れている。

「怖いなら、怖いって言いなさい」

「・・じゃから、別に・・・」

ピカッ!ドドンッ!

さっきから、月詠を揶揄うのを楽しんでいるかのように、彼女が何かを言おうとすると稲光と雷が月詠の言葉を遮る。月詠は、雷鳴が轟く度、全身を硬直させる。

「ほら」

銀時は月詠を抱き起し、両腕で彼女を包んだ。

「こうすれば、少しは小さくなるだろ?」

月詠の耳の片方は銀時の胸板に密着し、片方は銀時の太い腕が塞いでいる。視界は白い着流しが覆ってしまった。月詠は安心したのか、ふ~っと息を吐いて、身体の硬直を解いた。

「・・・ぬしの心臓の音しか聞こえぬ・・・」

「うん、まあ、それに集中してれば雷も遠ざかるよ」

「・・・日輪や晴太には内緒じゃぞ」

「これからは雷が鳴ったら万事屋銀ちゃんにご依頼ください。いつでもどこにいても駆けつけます」

腕の中から、見上げた瞳が拗ねている。
への字に曲げた唇がぽつりと零したその言葉が、雷が鳴る度、彼女一人で震えていたことを告げていた。
銀時はいつでもこんな可愛い仕草を見せて、言ってくれればいいのにと思いながら強く抱きしめたい衝動をビジネストークで誤魔化した。

「ぬしも幽霊を見たら百華の頭を呼びなんし・・・」

「報酬は相殺という事でOK?」

「OKじゃ」

背中に回った月詠の手が銀時の着流しを強く握る。
月詠の体温がジャージを通して伝わってくる。
小さい手や細い肩、長い睫毛や桜色の唇が手の届くところにある。
銀時は頭を巡らして外の庭木が雨に打たれるのを眺めながら、木霊する雷の音を聞いていた。





⚡⚡⚡





「気をつけて帰りなんし」

「ああ。ごちそうさん」

江戸の上空に居座った雷雲は一晩中暴れに暴れた。数か所にに落雷し、停電を引き起こしたと朝のニュースが知らせていた。
朝陽が差しても、なかなか湿気の抜けない吉原の目抜き通りを銀時と月詠が大門に向かって歩いていた。
昨夜の雨の名残の水滴をぽたぽたと落としながら地上から下りてきた昇降機に乗って、振り返る。
両側から迫る扉が小さく手を上げて別れを告げる月詠の姿を銀時の視界から締め出した。月詠が見えなくなると、銀時は大きく息を吐いて、壁にどんと背中を預けた。

___チャンス・・・・・だったのかな・・・

朝食の席で、銀時と月詠の様子を眺めていた日輪の視線が妙に厳しかった。
かつて吉原の太陽と崇められた太夫の、男女の機微を見る目は間違いなく、いつもにこやかなその表情の端に「この意気地なし!」と書かれているのがありありとわかった。
何日ぶりかの卵かけご飯じゃない朝食だったのに、食べた気がしないのは日輪の無言のプレッシャーのせいだ。

昇降口の横に停めたスクーターのスタンドをはずしたが、なんだか、そのまま乗って帰る気になれず、とぼとぼとスクーターを引いて歩き始めた。その背後でカツンカツンと足音がする。
月詠のブーツのヒールの音によく似ているので、何か用事があって追って来たのかと思ったが、その足音は銀時に近づくのではなく、反対方向に遠ざかっていく。

カツン、カツン

ゆっくりと。

カツン、カツン

銀時に声をかけてもらうのを待っているかのようにゆっくりと。

「???」

不思議に思って、振り返った銀時の目には、濡れた道路と昇降口の銀色の扉が朝日を浴びて光る景色だけが映っていた。





fin.

ブラウザのバックボタンで戻ってください。

bottom of page