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                                      いつかの彼方​

前触れなくふらりと現れ、ふらっといなくなる。暫く姿を見せないと思えば、何かのトラブルに巻き込まれ、傷だらけで帰ってくる。それがこの男の常套だ。だから、今回も何も告げられず、知らされもしない。そこに寂しさはあるが、それが銀時の選んだ道ならば、受け止めるだけだ。

―――泣け、縋れ、と言われたがそれは今、この時ではないしの

意外なのは銀時が姿を見せたことだった。江戸を離れる時、宇宙に行く時も、挨拶一つ、電話一本寄越しもしない。もっともそれを責める道理を月詠は持ち合わせていない。銀時が責められる理由もない。お互いの行動を束縛したり干渉したり、そんな関係ではないのだから、当然といえば当然のことだった。
それなのに、今回は銀時自ら足を運んだ。そんな彼らしくない行動をするならするなりの理由があるのだろう。ならば、話せばいいのだ。抱え込んでいる何かを放せばいいのに、それをしない。
銀時とはそういう男なのだ。問い詰めたところで素直に話すタイプでもない。しつこく問えば、話すどころか逆に口を噤む、心を閉ざす。今でさえ胸襟を開くなどと、お世辞にもいえない仲なのに、これ以上、壁を作られるぐらいなら、心を閉ざされるぐらいなら、

___黙っていられる方がましかもしれん

悔しいが、開くのを待つしかない。銀時の心の扉は力づくでこじ開けた吉原の天井とは違う。

「神楽は良い子じゃ。元々強い子じゃったが更に強くなりんした。強くて、まっすぐで優しい良い子じゃ、わっちも大好きじゃった。神楽の明るさには色々と救われた。会えないのは寂しいが、次に会う時はもっと強くなって必ず定春と一緒に会いに来ると約束してくれなんした。」

___銀ちゃんのことは銀ちゃんから聞くヨロシ

事後処理に忙殺される月詠のもとを訪ねた神楽の目はそう言っていた。
それが通じる銀時でないことは神楽も重々承知で銀時にも願ったのだ。真正面から月詠に向きあうことを。
神楽の話で全て承知できぬとはそう言う意味だと知らせたい。だから神楽との約束を銀時に伝える。

両手で徳利を包み込んで微笑みながら神楽のことを語る。月詠のその声も、面もとても綺麗で、柔らかくて優しい。神楽を月詠なりに思い、月詠なりの言葉で語るのを見つめる銀時の心臓が軋む。
神楽のことを躊躇いもせず「大好き」と言う率直さが小憎らしい。自分に対してもそれぐらい正直に心の内を見せてくれてもいいと思う。好きでも嫌いでもどっちでもいい。いや、いっそ嫌いと言ってくれた方が心の整理がつくというものだ。匂わすだけ匂わして、本音は言わないのがたちが悪い。もっとも、銀時自身も一言も口にはしないのだからそれは、

___お互い様か・・・

ケッと舌打ちをすると、月詠の頰が緩んだ。微かに憂いを含んだ吐息を零し、静かに立って鏡台に向かう。
障子を通して差し込む赤い光の中に月詠の姿が浮き出る。無駄も隙もないきれいな所作で鏡台の前に膝をつくと、引き出しから何かを取り出して、銀時の前に戻り、手にしたものを膝の上に並べた。

「・・・?」

赤と青地に色とりどりの糸を刺した古裂が月詠の膝の上にある。絹糸を編んだ細い紐を開くと薄紙に包まれた髪が一本ずつ現れた。
赤と黒。
「神楽と新八の髪じゃ。あの後、捨てられなくての。こうしてしまっておりんした」

___一つの約束のために江戸城に乗り込んだあの時の

「万事屋を解散せずともあの子らはいずれ巣立っていく。いつか来る日と思ってはいたが、いざ現実になるとなかなかに受け入れがたいものでありんすな・・・」
月詠は、すんっ、と鼻を鳴らし、丸い膝の上に仲良く並んだ赤と黒の髪を愛おしそうに撫でる。
月詠の膝に大事そうに置かれた二人の髪が銀時には月詠に抱かれて座る童形の神楽と新八に見えた。月詠に抱かれて嬉しそうな笑顔を銀時に向かって振りまく二人に。

たんっ!!!

室内に突然響く高い音。
「・・・?」
弾かれたように顔を上げると、銀時の逆三角形にとがらせた三白眼と目が合った。
「おもしろくねェ」
「は?」
「おもしろくねェっ、て言ってんだよ」
「・・・」
あぐらをかいていた膝を片方引き寄せ、顎を乗せ、不満そうに吐き捨てる。窓を背に、月明かりを背負っている銀時の細かい表情は読めない。延々と続く戦いで少し細く鋭くなった頬のライン。それを背後からの光が丸く膨らむ頬を映し出す。声も低く沈む。
月詠は大きな目をさらに見開いて、目の前の男を見つめた。
「ぬし、まさかと思うが・・・」
「何?」
「・・・拗ねておるのか?」
「なんで、そう思う?」

___まったく、この男は・・・

月詠は銀時の目つきを完コピして、膝立ちでずいっと銀時に迫った。
「こういう目のぬしは大概何かに拗ねておるからの・・・」
漸く至近距離で顔が見られたかと思えば、目の前に迫るのは目の下に複数のよれよれ線をこさえ、白目を剥いた変顔月詠。端を歪めて釣り上げた口元が銀時そっくりで笑えない。
「・・・な、なになになに、太夫ってば、そんなに銀さんのことよく見てるの?余すところなく見てるの?実は銀さんの大ファンなの?銀さんの事、大好きなの?」
何気に自分が欲しい言葉を織り交ぜて反撃する。
「たわけ。誰もそんなことは言っておらぬわ」
軽く一蹴して、すっと元の綺麗な月詠に戻る。そうなればもう、いつも通りの死神太夫。面白くない銀時は不貞腐れた顔を隠しもせず月詠に絡む。
「じゃあさ、太夫はぁ~~~、何でぇ~~~、銀さんが拗ねてると思うわけぇ~~~?」
抱きかかえていた立て膝を手放し、後ろ手をついて、文字通り開き直った格好で上から目線で月詠を見据える。赤い瞳が鈍いようで鋭い。無愛想だ、おぼこだアバズレだと月詠には言いたいことを言うくせに自分が揶揄われるのを嫌うこの男は月詠以上に面倒くさい。

___勝手な男じゃ

そうは思っても、絡みつく男の腕は振りほどけない。
伸びる男の手を払い除けられない。

夜は長いようで短い。
本音を心の奥底にしまいこんで過ごす夜は特に。
これが最後の夜となるのなら尚のこと。

解けぬ腕なら巻き取られるのもよし。
切れぬ糸なら未来永劫繋がれもしよう。

抗っても、拒んでも追いすがる感情は疑う余地のない真実。

二人っきりの最後の夜かもしれない。そんな夜に拗ねまくった銀時に絡まれるだけではいかにも悲しい。月詠のそんな気持ちに気づいているのかいないのか、銀時は変わらず口を尖らせている。
「すまぬ。・・・許しておくんなんし」
小首をかしげて銀時を見上げる。滅多にお目にかかれない強気の女の弱気に、溜飲が下がった銀時の唇が笑む。
「・・・じゃあさ、交換条件」
「なんじゃ?」
「銀さんを揶揄ったこと許してあげるから、膝枕して」
「は?」
「膝枕」

本音を言わない男の思考の着地点。

クソ真面目に語っていたかと思うと、突然、茶化す。どこまで冗談で、どこまで本気なのか。照れ屋なのか、天邪鬼なのか。この読めない腹の中は一体どうなっとるんじゃと、月詠は知らず溜息を吐く。その曲がりくねった思考のおかげで、銀時の言動は測り切れない。一時、真剣に考えたが、考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになって、所詮、おぼこの自分の手に負える相手ではないのだと、悔しいが考えるのをやめた。交わる道ではないことなど、初めから分かっている。

___誰のものにもならぬ

ならば、たまに寄り添える時があれば十分。



膝枕、と一言吐き捨て月詠を見つめる赤い瞳めが動かない。
月詠は膳を横に滑らせ、すっと銀時の前に膝を進めた。流れるような美しい所作。銀時はのけぞって畳に手をついたまま、前髪の隙間からその所作の一部始終を目で追った。音もなく銀時のつま先に触れる寸前まで膝を進めた月詠が、ポンポンと膝を叩いて銀時を促す。
銀時がすかさず月詠の背に手を回してしがみつく。膝枕にしては不自然に、月夜の腹に顔を埋めるように抱きついた。
「な??!!銀時、何をしておる・・・」
「え?何って、太夫の膝枕で一休み・・・」
くぐもった声が腹に響いたと同時に背に回した手がすっと月詠の尻を撫でる。
「調子に乗るなっ!!!」
月詠は尻に回った銀時の手の甲を力任せに抓りあげた。
「・・・っいってェ!なんだよ、減るもんじゃなしっ!」
「たわけ、減るわ!ほら、そっちを向いて、ちゃんと横になりなんし。」
「んだよ、ケチ」
銀時はフンっと背を向け、腕を組んだまま肩をいからせながら、もぞもぞと月詠の太ももの上のおさまりの良い位置を探す。
「・・・まったく・・・」
どこかで見かけた野良猫のようじゃ、と呆れたように呟く月詠の呼気が銀時の耳を擽った。

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